第6話 『偽装』
1人の騎士が上段から斬り下げるが、ゼンは納刀のまま受け流し、柄(つか)の先にある頭(かしら)を兜の側面に叩き込む。
「ぐっおおっ!!」
打ち込んだ兜の側面は穴が開くほど凹んでおり、堪らず悶えて崩れ落ちる。
倒れた騎士の後ろにいたもう1人の騎士が突きを繰り出すーー
ゼンは冷厳な顔でようやく鞘から刀を少し抜き、火花を散らして受け流した。
「うぎゃぁぁぁっ!!!!」
ケイミューからすると突然兵士が苦しみ出したように見えたが、その裏ではゼンが受け流したまま兜ごと頭を掴み、兜の目の隙間から細い禍力で練った炎を流し込み、顔面を火炙りにしていた。
「やるねぇ…お兄ちゃん」
鋼の手甲をはめたケイミューの拳打が襲いかかり、ようやくシュヴァイツアーを完全に抜き出し、ケイミューの鋼手甲を防ぎ切る。
ケイミューは「ふゅ〜」と口笛を吹き、ゼンを素直に褒める。
「いいねぇぇ! 禍動士じゃなきゃスカウトしたいくらいだ」
「興味はない…騎士団には有休がないらしいからな」
ゼンはポーカーフェイスを維持しながらも、思考の渦に飛び込んでいた。
ドゴッ!
(なぜ校長がここに先回りできたんだ……?)
キィィィン
(原因は必ず禍動の能力にある。でも、いつだ? いつ俺たちの動きを掴んだ? 考えろ……!)
ガキィィィン!!
(……)
ゼンは禍動を一切使わず、シュヴァイツアーと生身の体術だけでその猛攻を紙一重で受け流していた。
(さすがは『グランド』だ…一発で当たれば、ただではすまんな……)
「すげぇ禍力使いなんだろ? つかっちゃえよ♪」
と戦闘に乗ってきたケイミューが、乱打を浴びせながらゼンの能力を誘う。
しかしゼンは使うわけにはいかった。
もしケイミューか校長、どちらかでも逃がして能力の特性を国に報告されたら――。
(今後逃亡する上で能力の対策をされる。手の内は絶対に明かさない! なにより…あの校長…)
ゼンが校長を横目で見た瞬間 ――
戦闘中の隙を一瞬でも見逃さない校長。
細められているその目が、ここでカッと見開かれた。
「今です!」
ケイミューの強烈なパンチが鳩尾(みぞおち)にクリーンヒットし、背中に乗ったフィーナごと吹き飛ばされるゼン。
「きゃぁぁっ!!」
瞬時に体を反転して悲鳴を上げるフィーナを抱きしめ、地面にめり込みながら数メートル吹き飛ばされる。
しかし“グランド”の攻撃は緩まない。
フィーナを放り投げ逃した代わりに、ゼンは容赦なく顔面や胸、腹へと鋼手甲の連打を命中させられ続ける。
一発一発が当たるたびに、ゼンが大の字に倒れている地面が抉れていく。
吐血を繰り返しながらも、ゼンは校長の能力を考えていた。
これまでの校長の言動や所作から、ゼンの中で、一つの仮説が確信に変わった。
そこからのゼンの行動は一瞬だった。
頭の中で『最大出力』を極限まで練り上げるイメージを猛烈に膨らませた。
『一気に最大出力の禍動を練り上げて、こいつら諸共消し飛ばす……!!』
ゼンの頭の中に響く、圧倒的な破壊のビジョン。
禍力を無効化する鎧と言っても、練り込まれた禍の質量以上を禍力でぶつけられれば意味がない。
ケイミューに殴られ続けるゼンから、禍々しい禍動が渦巻き始めた。
(まずいっ! あれは…ケイミューのあの鎧でさえ……こいつ…これほどまで…!)
校長の顔から初めて余裕の笑みが消え、血の気が引いた。
「ケイミューさん! 下がってください!!」
禍力が見えないケイミューだったが、その理由より、校長が見せる狼狽した顔が答えだった。
咄嗟に後方上空に飛び下がる。しかし ――。
「この方向に飛ぶと思っていた」
「やるねぇ…」
ゼンは既にケイミューの更に背後に飛び移っており、空中で容赦なくケイミューの首筋に寝かせた刃を静かに引いた。
無力化したケイミューと、その背中に乗ったゼンが地面に着地する。
校長はこの光景以上に、『ある』疑念が浮かび、硬直していた。
「なっ…! なっ…」
「……ようやく薄ら笑みが消えましたね、校長?」
ゼンは納刀して続けた。
「校長先生の能力は……『思考を読む』……でしょ?」
「お…お前…どこで…それがわかった!?」
「教えませんよ…」
そう言うと、校長に向かって鞘を水平に構えるゼン。
「私が何故フィーナを殺さないといけないのかを聞いた時、校長先生は何てお答えになりましたか?」
校長に向けた、最初で最後の皮肉だった。
「くっ………! 調子に乗るなよ、ガキ!!」
大きく目を見開き、校長が激怒する。
(…殺してやる…! 絶対に! この能力がわかったところでどうにもならん! ふふ…こいついま何を考えていやがる!?)
『クソ…あぁは言ったが校長の真の能力はわからない…だが、今はそんなことはいい…このままフィーナを連れ塀を飛び越えよう…!』
校長はゼンの思考を読むと少しだけ笑い、
隠し持った短剣を今か今かと待ち侘びる。
ゼンが振り返った瞬間、校長は「今だ!」と短剣を突き出した。
鮮烈な血飛沫が舞い、フィーナの絶絶叫がこだます。
「ぎゃあああああかっ!!!」
――ドサ。
地面に、短剣を握ったままの、校長の右腕が転がっていた。
「ぐぅっ!! …うぅっ…なぜ…考えと…違う行動…」
血が噴き出る右腕を掴んで悶える校長は(まさか…)とゼンを見上げた。
「そうか…まさか…お前! さっきから…偽の思考を…考えていたのか!?」
校長の言った通りだった ――。
頭の中を視ることができる能力まではわかった。
どうやってそれを禍力で具現化しているかまではゼンにとってはこの際どうでもよく、「それが何故か出来る」に集中した。
問題は『発動条件』、
これだけに頭脳を働かせた。
まず、ゼンはなぜ騎士団を呼んだのか ――
最初は自分に対する信頼がなかったのか、単に用心深い故かと一旦思考を放棄した。
だが、そもそも逃走経路を考えたのは、フィーナの部屋で暗殺を翻意した後のことだ。
応接室の時点でいくら頭を覗かれていようが、逃亡の計画など出ようはずがなかった。
(では、フィーナの部屋から下にいた校長と目が合った時…!)
それであれば辻褄が合う。
応接室で一度目を見開いていた校長が、あの視線が合った瞬間にゼンの裏切り(思考)を察知し、不安になり騎士団に応援を呼んだことも説明がつく。
ケイミューの戦闘中にそう思い、実験的に校長に視線を送ると、校長の目が開眼したことでゼンの油断を見抜いたのである。
(やっぱりな…!)
確信してからは簡単だった。
ケイミューに殴られながらも思考を偽装することに集中し、見事そのブラフにハマった校長はゼンの偽装に気づかず、間合いの外に脱したケイミューは倒された。
(完全に見誤った…こいつ…天才だの言われていたが…どこにでもいる国家信奉者かと思って警戒していなかった…こんな芸当が出来るほどの術者だったとは…)
上から校長を見下ろすゼンが静かに言う。
「フィーナを殺す理由はもういい……ただ今日、宮廷に教頭先生が行っていたが、それとフィーナの件は無関係ではないな?」
かつてない危機に頭が働かず、へたりこむ校長。
「………」
無言を続ける校長に、ゼンは続ける。
「何を報告した?」
次の言葉は、今までのゼンでは決して出ない言葉だった。
「言わなければ殺す…」
目を見開いた校長だが、おそらくこれは偽装ではない、ゼンの本心だと悟った。
校長はゼンの足元で、残された左手で何かを取り出して口にした。
「…先に行って待っていますよ」
いつものようにニコっと笑い、何かを噛んで校長は泡を噴いて倒れ込む。
―― 毒による自死だった。
この任務に失敗すれば自分がどうなるか、それは既に能力を使って知っていた。
これまで数多くの教師や宮中役人の頭を覗いては危難を乗り越え、弱みを掴み、校長としての権力を握り続けてきたのだろう。
この男らしい、保身を極めた憐れな最期だった。
動かなくなった校長の顔を見下ろすゼンは、なぜこれほど虚しさを感じたのか、
答えはわからなかった ――
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