【毎日投稿】パンドランディング 〜まじめ+天然+バカ+毒舌=4人が織りなす壮大謎解きアドベンチャー〜

小野兄子

第1話 『最悪』

「禍(わざわい)」


予期せぬ不幸や災害、厄災、社会全体に降りかかる大きな混乱・被害を起こすこと。

また、ある物事のために悪い結果になる。


『 精選版 日本国語大辞典 』一部抜粋


━━━━━━━━━━━━━━━


この物語がはじまる遥か昔の夜、

あるひとりの少女が殺された。


大雨に濡れながら2人の兵士が顔を見合わせる。軍鞄から取り出した手配書と、観念したかのように座り込む少女を見比べる。


「間違いない…『心臓の悪魔』だ」


(本当にまだ子供じゃないか…)


いくら捜査資料で子供とわかっていても、いざ目の前にすると兵士たちは気の毒に感じざるを得ない。


それでも私情を捨てるかのように槍を静かに心臓の悪魔と呼ばれる少女に構え、職務に戻る兵士たち。


心臓の悪魔は今度ばかりは逃げられないと悟ったのか天に顔を向けてポツリと呟く。


「私が……悪魔……?」


「……それが最後の言葉か?」


「違う……」


最後の言葉を探す沈黙に耐えきれず兵士たちは槍を振り上げる


「………私のことを忘れ━━━━」


ザクッ!ザクッ!


━━ 緊迫から解放されたかのように雨煙と共に血飛沫が何度も舞う


薄れゆく意識の中で心臓の悪魔は少し笑った。

ゆっくりと目を閉じると眼から一筋の線が流れる。

雨粒なのか涙なのか、暴走する狂気の頭のどこかでその問いを冷静に考えていた。



ーーー ジリジリジリジリーン!! ーーー



けたたましく鳴る目覚まし時計をベッドから直感で手を振りかぶるフィーナ。

4回目にしてようやく目覚まし時計のストップボタンに当たる。


「ううっ…学校行きたくないよぉ…」


そう言いながらもベッドから這い出て支度を整える。

制服のスカートをほんの少し折りながら、鏡で目元を見ると少し腫れぼったい。


「なんで起きるといつも泣いてんのかなぁ…はぁ〜あ…」


呑気に手帳をパラパラめくっていると青ざめた。

今日は30分早くはじまる授業の日だった。


「やばいぃぃぃ!ゼン先生に怒られるぅぅ!」


フィーナは急いで寮の部屋を飛び出した。



◆



教室の前に到着した時には既に一限目が終わりかけていた。


教壇に近いドアから入った瞬間、クラス担任であるゼンが出席簿でコツンと頭に当てる。


「か…角…!先生…角は痛いってばぁ………」


頭をさすりながらフィーナに呆れながらも少し笑うゼン。


「堂々と入ってきた度胸に免じて少しは手加減してやったぞ?」


人気女子への体罰に特に男子生徒たちは「パワハラ!」「虐待!」と口々に抗議の声が上がる。


フィーナは涙目で開き直る。 


「忘れてたんだもん…しょうがなくなーい?」


幼稚な文句に対して、ゼンはカツカツと無言で黒板に向かった。

ブーイングをかき消すような力強い筆圧で、チョークの文字を走らせる。



"忘"



「この文字、フィーナ!読んでみろ?」


「え…えっと…わ…忘れる…?だよね?なんかの引っ掛け問題?」


「引っ掛けじゃない。フィーナだけじゃなくて皆んなも聞いてくれ」


チョークを置き、クラス全体を見回した。


「この忘れるという文字は"心を亡くす"と書くんだ。忘れないためには頭で書き留めるんじゃない、心に書き留めるんだ!……忘れるってことはな、すごく悲し━━━━」



ーーー キンコーンカーコーン ーーー



チャイムが鳴った瞬間に全員が席を立つと学友がぞろぞろフィーナに集まる。


「フィーナ頭大丈夫?」


「おいー!それ別の意味で聞こえるって」


クラスメイトが心配するも取り巻きが苦笑しながらツッコミを入れる。そして涙目で頬を膨らませるフィーナ。


取り巻きたちはゼンに聞こえるように嫌味を言う。


「あ〜あ…フィーナかわいそうに」


生徒たちの愚痴が遠ざかる教室で、ゼンは小さく息を吐いた。



◆



「どうしたんですゼン先生?」

 

職員室のデスク後ろから声をかけたのは同僚の先輩教師であり、校内でも美人と評判のモイスだった。


「どうしたこうしたじゃないですよ…あいつら3年の初めまでは大人しかったのに、最近ホント生意気になって……」


「ほら、一昨年から実技評価は7月に変わったでしょ?内申点評価も先月で終わりですし」


「え?じゃ今まで猫被ってたってことですか!?」


「毎年そんなもんですよ?ゼン先生だって学生の頃はそうだったでしょ?」


モイスはクスクスと楽しそうにからかう。


「私はそんな……まぁ、私の時は卒業まで内申点が響いてましたから。あのシステムが今なら……まあ、そうなるか…」


すかさず思い直すゼン


「いやいやいやいや!! 絶対にならないです!」


「ふふ、そうかもね」


書類をトントンと机に揃えながら、モイスが優しい目を向ける。



「あんまり生徒に、自分の固定概念を投影させちゃダメよ? みんなひとりひとり、違うんだからさ」



◆



屋上で、少しパサついた菓子パンをかじりながら、ぶつぶつと文句を言うゼン。


「ギルドの圧力に屈して無理やり卒業を短くするからこうなんだよ…」


「いくら少子化だからってさ…」


「…まぁでも、俺の学生の時はクラスって10組まであったけど今や半分だもんなぁ…」


「…そういやあいつら今頃何してんのかなぁ…?……シルキーはギルド務まってんのか?」


「………」


そんなことをぼやいていると横からフィーナが現れ驚くゼン


「うぉっ!!」


「先生もサボり?」


「……"も"ってなんだよ?俺はいま休み時間…ってかフィーナはなに堂々とサボってんだ!?」


フィーナがゼンの隣に座る。


「水泳の授業なんだけどさ…私泳ぎ下手だから…」


「だからと言ってサボる言い訳にはならんな」


呆れながらゼンは答えるがフィーナはめげない。


「でも…水泳ってさ、禍動士に必要?」


これに対してゼンは当たり前であると答えた。


「禍動士と言うより卒業したらギルドに加入だろ?旅してたら川を泳ぐことだってあるだろ?」


「ギルドかぁ…本当に私なれるのかなぁ?」


ーー フィーナの憂鬱について、余談を挟む。


フィーナたち3年生は年内12月で卒業(3年前までは翌年3月卒業)となるが、その先が本当の悲惨であった。


卒業後は国家への忠誠としてギルド加入し、死ぬまで魔族討伐が義務となる。


これを破れば重罪となり、悪質な場合は極刑もあり得た。


つまり禍力を持った者は、産まれた瞬間から死ぬまで国の所有として生涯職業固定となる。



「学校はつまんないか?」


ゼンの問いに正直に返事をするフィーナ。


「うん…禍動って要するに戦いのことでしょ?私、多分だけど戦いとか好きじゃないんだよね」



「………」



なにか言葉を続けようとするゼンに被せて明るく振る舞うフィーナ。


「ねぇねぇ?先生はさぁ、なんで先生になったのぉ?」


禍動士の将来はギルド以外にも唯一特例がある。


それは禍学専門学校の卒業試験で上位2名までは教員資格の道が開かれ、いくつかの試験に合格することで国家公務員待遇として採用となる。


そしてゼンの卒業成績は一位をおさめ、教壇に立つことができた。


「ありがちだけど、尊敬する人が先生だったんだ。もう辞めちゃったけど…」


昔話しをしようとしたが我に返るゼン


「って…あぶねぇ!話し込んじゃうとこだったじゃん!早くプールに行けよ?モイス先生待ってるぞ?」


ふふ、と笑うフィーナ。


「また、続き教えてね?」


どこか寂しい笑顔で授業に戻るフィーナだった。



◆



その日の夕方は忙しかった。

来月におこなう中規模の実技研修に向けたコースや題目、ペアの組み合わせなどの素案の提出が迫られていた。


更に一昨年の話だが、教師1名と生徒2人が魔獣に襲われ亡くなった事件があり、安全危機対策も条件に加わるなど複雑性が年々増していた。


「『危険度D以下』か…俺の時とは時代が違うんだなぁ…」


ひとり残り机にかじりつくゼンに意外すぎる人物が職員室に入ってきた。


「ゼン先生、難しい顔をされておりますな?」


「………校長先生!」


思わず立ち上がるゼン。

ゼンが教師になって2年経つが校長と2人で話すどころか、ここまで近づいたこともなかった。


「教頭先生をお探しであれば午後に宮廷へ行かれて今日はそのまま戻ら ーー」


ゼンの言葉を手で制した。

校長は絵に描いたような丸顔の好々爺で、

笑みを絶やさずニコニコしながら


「教頭先生ではなく、ゼン先生に少しお話しがあるんです。どこかでお時間頂けませんか?」


「私…ですか……?」


(校長が俺に?…なんだろう…?)


ゼンは学校トップをお待たせするわけにもいかず、「すぐに」と作っていた資料をそのままに応接室へ案内した。


(あ…もしかして出席簿でフィーナ叩いのがまずかったか…)



◆



校長は、よいしょ…と重い体をソファに沈める。

立っているゼンを向かいに座らせて至極暇なことを聞いた。


「クラスはどうですか?」


ゼンは本題にどう繋がるかを考えながら、特に問題ないと答えると、3人目が現れる。



ーー コン…コンコン



ノックで入室許可を求めたのは教頭だった。

なにやら高価な紙の封筒を手にしている。


「実は教頭先生にも是非同席して欲しくてね。そういえばそろそろ実技研修でしたね。計画は順調ですか?」


と相変わらずニコニコと目を細め話す校長。 


ゼンは本題を切り出さない焦れったさと、

この校長と教頭が揃った異質な空間に耐えかね、ついに切り出す。


「校長先生、滅多にない機会で光栄ですが、早速ご用件を…」


教頭はやや躊躇した様子で、封筒を震えながらゼンに渡す。

裏をめくるが差出人はない。



なぜならば封蝋された刻印で説明不要だからだ。


ーー王家の紋章


つまり国からの勅命書を意味していた。



ゼンは気が動転し不覚にもごく当たり前の感想を漏らす。


「宮廷が…なぜ私に…?」


「封を切りましょう…」と教頭は静かに言う。


ゼン含めその場の3人が宮廷の方角に拝跪(はいき)したあと、テーブルに置かれたペーパーナイフで慎重に中身を取り出す。


身分制度にうるさい社会である。


勅状は前段から終盤まで仰々しい儀式的な文章が続くため読み飛ばし、文末から目をやったゼン。



「お二人とも…中身は………既に…ご存知…だったんですね………?」



徐々に色を失うゼンに教頭は少し目を逸らした。


対照に、校長はゼンを見据え、相変わらずニコニコしながらゼンへ返答した。








「はい。あなたのクラス、3年3組のフィーナさんを今夜中に殺してください」

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