第27話 ”百合の糸”

 三分の一サイズのお人形に合わせたティーテーブルセットに座る2人の少女。

 灰銀色の髪をツーサイドアップにした、翡翠色の瞳の少女人形。

 虹色に輝く銀の髪に、蒼銀色の瞳の少女人形。


 机に並ぶたくさんのスイーツに、薫り高い紅茶。

 王侯貴族だって一度にそろえるのは大変な、産地も季節もバラバラの可愛いスイーツたち。

 でも大丈夫。私の創造の魔法なら、何でもできちゃう♪ お人形用ならね?


 身長60㎝の球体関節人形サイズでも、無表情に微笑を乗せるルナリスと。

 ちょっといたずらでおしゃまな表情に、優しい目元の紗雪。

 2人の可愛いティータイムをしっかり魔導映写機に記録させながら、私はルナリスの操作体のメンテナンス。


 横に、傷つかないように保管してあるのは聖女サリアが遺した心の核達。

 鑑定眼鏡で先に紗雪に確認してもらった、それぞれの宿す魔法。


 あの日治療したのと同じ、薄桃色をしたかわいらしい心の核が『理の魔法』。

 情熱的な深紅の色をした大きな心の核と、無色透明なダイヤモンドみたいな小さな心の核。『干渉の魔法』と『隠遁の魔法』……聖女ラウラと、彼女の専属メイドマーシャの心の核。それがここにあるという事は……。


 他にもたくさんの心の核達。


 そして、大切な、青銀色の”心の核”。別の宝石箱にたっぷりのクッションを詰めて、大切に保管している『時空の魔法』。

 やっと取り戻せた、小さな心の核の欠片。ルナリスの魂の欠片の一部。


 よし、ルナリスの操作体も綺麗に傷を治せた。

 私のマナを含んだ血液も創造の魔法に頼らずに、一生懸命泣きながら調整した”短剣触るちゃん”――短剣を固定する台と、深く切りすぎないようにする指ストッパーがセットになった手作りキット。で、適量採取済み。

 自分用くらい、創れてもいいのに……私の創造の魔法の、いけず。


 でも、これは作らざるを得なかったのよ!

 この前の腕を斬りすぎて倒れちゃった失敗で紗雪に嫌っていう程、怒られたからね。

 3時間! 3時間も、抱っこ禁止なんて! 死んじゃうかと思ったよ。



 よし。

 準備も完了。


「ルナリス、こっちにお願い。紗雪、準備をお願いね」

「ええ、もちろん」

「……」 こくり


 よいしょ、よいしょって。それぞれの魔核、”心の核”を抱っこして、操作体の胸元へよじ登る2人。

 しゅるりと、魔核の中に納まる本体。

 胸元に空いた空洞、私のマナと生命に満たされた羊水の中に、ちゃぽん。


 数瞬。


 さっきまでの、ほのぼの、和気あいあいとしていた空気が、引き締まる。

 ゆっくりと目を開く2人。等身大の人形少女達。

 そっと、ルナリスの心の核の欠片を両掌の中に収める私。


「繋ぐね」 


 紗雪の確認に、無言の頷きでかえす。高まる緊張。

 どくん、どくん

 心臓が早鐘を打つ。


「『繋ぐ魔法』分かたれた心、千々に砕かれなお、己が半身を諦めぬ揺り籠の護り手。今再び寄り添い共にあるために。繋ぎ、繋がれ、心を通わせるために」


 紗雪の詠う声に合わせ、ルナリスと私の胸元、そして取り戻した心の核の欠片が紗雪を中心として、光の線で結ばれる。

 とても、とても暖かな温もりが伝わってくる。


 元は一つの魂。分かたれた3人がか細い、けれど確かな、百合の花のように清楚な白い糸で結ばれる。


「『創造の魔法』この心に愛を満たして、この魂に、共に歩む未来への夢を宿して。今再び共にあるために。ルナリス、私の銀の姫、もう一人の私。どうか分かたれていた貴女を受け入れて」


 本来。砕かれた心の核は、魂は、元に戻る事はない。

 失われれば、それは永久の喪失。


 あまつさえ、失われていた長い年月は、時空の魔法すら及ばぬ時の彼方。

 けれど、私達なら。


 元は一つの魂、強固な絆の糸で結ばれ、人形の事なら万能の創造魔法が後押しするなら。


「戻って……おいで、私の欠片」


 涼やかな声が、銀の姫の唇から零れ落ちる。

 ひときわ澄んだ光が、私の両手の中からこぼれだす。

 その光は、紗雪を介し、ルナリスの胸元へと吸い込まれていき。


 もう、心臓が痛くて、視界がくらくら回ってふらふらするくらい、血流がすごい速さで私の中を駆け巡る。

 お願い、お願い……! 上手くいって。私達ならできるはずでしょ!?

 誰に向ければいいのかもわからない祈りが、胸の裡で激しく渦巻く。


 蒼銀の瞳がじっと私を見つめる。

 ぱちり……ぱちり。

 長い睫毛が、ゆっくりと瞬きを繰り返す。

 桜色の唇がうっすらと開かれ、また閉じられ、すっと沈みゆく表情。


 銀の姫を彩る常の微笑が消える。

 まさか、失敗?


 はらり、はらり。


 気のせいかと思った。



 ほろり、ほろり。


 透明の、美しい雫が、部屋中で輝く星のような魔石の輝きを反射する。


「ナオ……」

「うん」


「ナオ……なお……」

「うん、うん……!」


 微笑という名の、銀の姫の無表情が、今、崩れる。

 きっと私も紗雪も、おんなじ顔をしてる。


 どこまでも透明で、どこまでも儚い、泣き笑い。

 力の抜けた笑みに、留めようのない雫が、後から、後から、とめどなく流れ落ちて。


「なぉ~……!」

「「ルナリス、ルナリスぅ」」


 3人の影が一つに重なった。

 離さない、この絆は絶対に。


 この日ルナリスは、”哀”の感情を、取り戻した。

 それは、永い永い、旅路の一歩目。

 やっと確かな足跡を刻むことができた、一歩目。


 無限に言葉は溢れてくるのに、ルナリスも、紗雪も、私も。

 ただただ、名前を呼び合い、涙を流す事しかできなかった。

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