この物語の主人公は、人間ではなく「一分間」。
同じ時刻、日本のさまざまな場所で、誰かが笑い、迷い、働き、手を差し伸べ、何かを忘れ、何かを心に残していく。その一つひとつは、歴史に刻まれるような大事件ではありません。
拾われた消しゴム。握り直された小さな手。誰にも感謝されなかった親切。気づかれないまま開いた新しい葉。
けれど、この作品は、そんな名もない一秒にも、その人の過去や未来へつながる物語があることを教えてくれます。
特に心を打たれたのは、優しさや仕事、成長の多くが、誰にも見られず、褒められず、それでも確かに誰かを支えていることです。
さらに、桜や風、古本、病室、老人ホーム、学校といった風景が次の一分へ受け渡されていくことで、無関係に見えた人生が、同じ世界の中で静かに結ばれていきます。
時間は立ち止まらず、意味も名前も付けません。
だからこそ人は、過ぎ去った一分を振り返り、「あの日」「あの人」「あの言葉」と名付けるのでしょう。
読み終えたあと、何気なく過ごしていた今この一分が、少しだけ愛おしく見える作品でした。