応援コメント

04 ~山~ 人の一生は」への応援コメント

  • 中々面白かったです。
    家康の生涯をロック調の曲にして歌ってみました。
    【家康逆襲曲】
    https://www.youtube.com/watch?v=gGtqwTY6uFY

    これは秀吉版。
    【秀吉ロッケンロール】
    https://www.youtube.com/watch?v=iVs9f3jc9-4

    作者からの返信

    お星様、ありがとうございます。

    家康の生き汚さを描いてみました^^;

    曲、聞きました。
    こちらもまた、家康の生への執着よく出ているなぁと思いました。
    秀吉の方は、成り上がりなところと、それでいて難波のことも夢につながるところが面白かったです。

    ありがとうございました。

  •  こんにちは、御作を読みました。
     推理小説のごとく、事件の真相が繋がってゆくのにしびれました。
     そして、信玄さんならこの策をやるだろうな→家康さんならこんな策もやるかもしれない→信長さんは感情的で執念深かったわ とオチがつくのがお見事だなあって。
     面白かったです。

    作者からの返信

    信玄って、平然と同盟を破棄するし、そうかと思えばすり寄って来るし、そんな男が天下取りの野望とか、将軍の為とかで西上作戦をするかというのがキッカケでした(笑)
    家康は家康で、あの狸親父が武士の意地とか言って、玉砕覚悟の特攻をするかというと、何か違和感がありました。
    ……で、そんな信玄と家康のどつき漫才を見た信長が、こいつらどついたるねんと思った、と^^;
    これなら自分としてはストンと落ちたので(笑)、採用しました。
    お褒めいただき恐縮です。

    ありがとうございました。


  • 編集済

    何故、家康は城を打って出たのか。
    なぜわざわざ悪手である鶴翼の陣形を採ったのか。
    なぜ信玄は勝頼を飛び越えて信勝を後継に指名したのか。

    常に題材になる疑問ですが、四谷軒さん流の視点と洞察による新たな物語が面白かったです。

    そして、因果応報……。そこに繋げるかと膝を打ちました。
    完結お疲れさまでした。素晴らしい物語をありがとうございました!

    作者からの返信

    天下を取った男、家康。
    特にその最終段階である大坂の陣で、あれほどあくどい真似をしておいて、三方ヶ原では「武士の意地」で戦った、というのは違和感があったんです。
    まだ若くて小勢力の身なら、なおさら生き汚くしていたんじゃないか、と。
    一方で信玄も、勝頼じゃなくて信勝を後継ぎに。
    これは諸説ありますが、それでもそういう説があるということが、拙作のヒントになりました。
    また、三方ヶ原で平手汎秀が討死していたことも、とっかかりとなって、こういうお話ができました。
    そうすると、築山殿と信康の事件にもつなげることができるぞと、ほくそ笑んだものです^^;

    そして、レビュー、ありがとうございます。
    信玄の深謀遠慮、家康の狸の片鱗、まさにそれですね^^;
    おっしゃるとおり、ちょっとミステリー仕立てにしております。
    のちに信玄の天下取りの夢のためであり、家康は武士の意地で戦ったとされる、西上作戦と三方ヶ原の戦い。
    そんなカッコイイ理由ばかりじゃないんじゃないか、ということで、家康からあまりカッコうpくない理由を語ってもらうことにしました^^;
    床几に座った家康……まさに三方ヶ原のあとに描かせたというあの自画像ですね。
    あれで語られたら、そりゃあ迫力があります^^;
    そういう想像をしていただき、作者冥利に尽きます。

    こちらこそ、ありがとうございました!

  •  完結お疲れ様でした。
     興味深い考察だったと思います。

     私としては、信玄が次の当主に孫の信勝を指定したという話は、ただの虚構だと思っています。
     あの話って出典は実質的に『甲陽軍鑑』だけですし、武田家から北条に宛てた書状などの一次史料には、勝頼が家督を継いだと普通に書いてありますので。

     けれど、もしも仮に信勝を当主に指名したとするなら、それによって得られるメリットは「信長と縁がある」という一点しかないんですよね。この点に着目されるのはお見事だったと思います。

    作者からの返信

    近況ノートへのコメント、ありがとうございます。

    信勝に家督をというのは、おっしゃるとおり、そういう説があったというレベルだと思います。
    ここで勝頼に跡を継がせないと、逆に、そんな年少の者を当主にして大丈夫か、と言われちゃいますし。
    おそらく、勝頼は武田家を滅ぼしてしまったんで、信勝に采配を任せていれば、という筋書きにしたかったんでしょう。

    そしておっしゃるとおり、拙作においては、西上作戦は織田との有利な条件での再同盟のため、という設定ですので、この信勝当主説を採用しました。
    まあでもそんなの関係ないとばかりに、織田の怒濤の攻撃を食らってしまうワケですが……^^;

    ありがとうございました。

  • これは面白い解釈ですね。
    信玄ならこういう計算はしそうです。
    織田との同盟者の地位を徳川家から奪う。
    デモンストレーションなら浜松城を落とす必要はないですもんね。
    まあ、出てきたら叩き潰すけれども。

    血気にはやる若武者を使った家康の作戦でそれが潰された。
    まあ、信康も殺される遠因になったけれども。

    作者からの返信

    誤字報告、ありがとうございます。
    修正しました。

    信玄ほど、外交や戦争を「手段」としてみなしていた人はいませんし、こういう解釈も有りかな、と。
    元々、織田と同盟していたので、さらに有利な条件で同盟するために動いたとすると、いろいろとつなげられますし。
    徳川に対しては、ガチバトルしても勝てるから遠慮なく喧嘩して、強さをアピール。
    お城は、おっしゃるとおり、取らなくてもOKだったんで、スルーしました。
    出て来たんで合戦しましたけど^^;

    でも家康もさるもの、そんな無意味な、武士の意地で合戦をするキャラじゃないだろと思いまして(笑)、いろいろ考えたり調べたりしたら、平手汎秀が出てきました。
    汎秀の死がキーで、このあとの情勢が動いたとしたら、それは面白い解釈だと思ったのです。
    おっしゃるとおり、築山殿と信康の死に響いていくわけですが、それでも、その場をしのぐ狸親父の知恵だったとしたら、と考え、筆を執りました。

    レビュー、ありがとうございます。
    武田信玄は徳川家康が天下を取ったおかげで、一流の戦国大名として名を残しましたが、実情はボロボロだったと思います。
    特に晩年は裏切りを重ね……まさに「最後の賭け」として西上作戦を敢行したのでしょう。
    あの信長なら、うまくいってもあとで潰されそうですが、それでも、これなら「有り」かなと思って書きました。
    そのあたりを取り上げていただき、うれしい限りです。

    ありがとうございました。

  •  完結、お疲れさまでした。
     冒頭の家康の遺訓は何気なく読んで気に留めませんでしたが、最後まで読み終えてから読み直すと、非常に深い味わいがありますね。
     レビューにも書きましたが、信玄上洛に関する謎、特に家康の出撃理由について、いまひとつ従来の説明では腑に落ちませんでした。しかし本作で示された解釈は、思わず唸ってしまうほどお見事でした。脱ぷ……焼き味噌(by大河ドラマ『徳川家康』)も自在とは、さすが家康。
     佐久間信盛の追放理由と、信康・築山殿処刑の理由が結びつくというのも、なかなか説得力がありました。信長ならありうる、と素直に納得です。
     長年の謎を衝撃的な解釈で打ち破ってくださった作品に感謝です!

    ※3つ目のエピソードで、「こっそり」しておきました。

    作者からの返信

    こっそり誤字報告、ありがとうございます。
    さっそく修正しました。

    遺訓は偽物説が有力なんですが、せっかくなんで、載せました。
    人生レベルナイトメアな家康らしいことを言っているなぁと思いまして。

    西上作戦と三方ヶ原特攻は、何となく違和感があったんです。
    信玄晩年の夢、天下取りのための西上作戦。
    家康の武士の意地、三方ヶ原の鶴翼の突撃。
    どっちも物語としてはきれいだけど、この二人、そんなきれいごとが好きか、と(笑)
    そんなわけで、同担拒否の戦いだった、というのを思いついたのです^^;
    そうして、尻じゃなくて糞くらえ家康爆誕です(笑)
    信長は執念深さに定評があるので、汎秀を討死させたことを理由に佐久間追放をしたことだし、家康の妻子も死なせたのも、これが理由だったら説得力あるかもなぁと思って、ああいうエンディングにしました。

    そしてレビュー、ありがとうございます。
    最後のエピソードタイトル、やっぱり参加している自主企画のテーマが「旅」だったもので、そうするとこの人かなと思ったのです。
    最初は西上作戦のことを書こうと思って、武田視点でした。
    でもこれ、徳川視点でも描いた方が、「なぜ」というところにウェイトが置けるなぁと閃いたのです。
    ちょうど織田推しという理由をぼやーっと思いついていたので、ふと三方ヶ原の戦いの参加者を見ると、平手汎秀がいるじゃないですか。
    爺の子、確か生意気坊やでこの時討死したんだよなぁと思っていると、ふとひらめきました。
    そういえば佐久間信盛追放の理由のひとつも、汎秀を死なせたからだった、と。
    信長は執念深い性格だから、いつまでも汎秀のことを気にしていた。
    逆に言うと、そこを読んだ家康が、敢えて三方ヶ原に挑んだのだとしたら……そこまで思いついて、武田視点オンリーをやめて描き直しました。
    最初は信玄の火葬からスタートだったんですが、一万字しかないので、三方ヶ原であくせくする家康中心にしました。
    そうやって苦労して書いたお話ですが、いただいたレビューを拝見すると、苦労をした甲斐がありました!

    ありがとうございました。

  • 拝読致しました。
    また、完結おめでとうございます(,,ᴗ ᴗ,,)
    平手汎秀と書いてスケープゴートと読む……Σ(゚д゚lll)
    なるほど、ババ抜きみたいなものでしたか。
    勝頼さんは、呪い札を引いてしまった……。
    あの鶴翼突撃と脱糞事件は、スケープゴートを捧げたのは仕方がないんだよ、という言い訳のため。
    ……いやぁ、壮大な言い訳だなぁ。
    血筋まで念頭に置いたトリック、面白かったです。(^^)
    ありがとうございました!

    作者からの返信

    お星様、ありがとうございます。

    そうです、平手汎秀が討死したことは史実なんですけど、それを理由に、八年後、佐久間信盛はリストラされます(理由のひとつですが)。
    八年後まで覚えていてリストラなんて、信長はよっぽど汎秀のことを気にしていたんだなぁと思ったのです。
    で、家康の三方ヶ原特攻の理由も考えていて、カチリと嵌ったのです。
    家康による、汎秀を見殺しにする計画だったのでは、と。
    それなら、いくさ上手のはずの家康が、しかも「武士の意地」なんてきれいごとで無謀な戦いに出たのも仕方ないと思えたのです^^;

    こちらこそ、ありがとうございました!

  • 野戦得意家康の惨敗も見方を変えれば考慮した結果と言うことでしたね。思えば信長、信玄に挟まれた領土で家康はよくこの窮地を乗り越えたものです。もちろん武田に負けない家臣団あってのものでしたけど。

    作者からの返信

    おっしゃるとおり、家康といえば野戦で、小牧・長久手の時も、秀吉は家康との野戦は避けた。
    それほどのいくさ上手の家康が、何でこんながむしゃらな特攻をしかけたのか。
    それがこのお話を考えたキッカケでした。
    かくして当面の危機をしのいだ家康ですが、おっしゃるとおり、徳川家臣団というバックボーンがあるからだと思います^^;

    ありがとうございました。

  • ほう、四谷軒さん、面白かったです。
    やはり家康の智謀は抜群ですね。我慢強いし、信玄や信長より歳が若い事もあって、耐えて待つ事もできる。決して派手さはないですが、天下を獲る男とはこういう人物なのだろうと実感致しました。
    お星様入れておきますね!

    作者からの返信

    お星様、ありがとうございます。

    家康もまた、若かった時代です。
    しかし、持ち前の粘り強さと知謀を発揮して、この危機を何とか潜り抜けました。
    信玄も信長も怖い相手ですけど、やっぱりそこはのちの天下人、うまく切り抜けました!

    ありがとうございました。

  • 読了いたしました。

    私などは「三方ヶ原」と聞きますとすぐに家康の脱◯…などを思い出してしまう不埒者で、しかしそれには諸説ありますので四谷軒様はそちらを取り上げますまい、と思いましたが、(一応は)取り上げられ、なるほど三方ヶ原ではやはり逸話として有名なのだな、と感じた次第です。

    信玄の無謀とも言える上洛に関しては歴史好きの知人が「つまりはそうした心理だったのであろう」と再三述べておりますので、納得です。

    平手汎秀。あの「陰腹を切った人の血縁」とまず思いました。
    しかし拝読していて大河ドラマによく登場する蟹江敬三タイプの人かな…と思うとすんなり頭に入りました。

    厭離穢土欣求浄土。

    常に死を考えつつで戦っていたらいつの間にか将軍の座が回ってきたのか家康なのか。
    考えさせられます。
    ありがとうございました。

    作者からの返信

    ここまでおつきあいいただき、ありがとうございます。

    私も家康の脱〇、すぐ思い出してしまいます(笑)
    でも、それを知った信玄が、(自分は死期を悟っているので)健康で羨ましいなと思った、という小説を読んだことがありまして、そこを翻案して書いてみたかったのです。
    天下を取った家康が、隠したかったろうに、隠さなかったあたりに、彼なりの「そこまで必死だった」という自戒があるのかもしれません^^;

    信玄の西上作戦は、そうですね、やっぱり死期を悟って、一度は京をと思ったり、勝頼のためにできるだけ徳川を叩こうと思ったり、そういうのがないまぜになって、おこなったんでしょうね。
    拙作の場合は、その「勝頼のために」というところをちょっと掘り下げてみました^^;

    平手汎秀は、生意気な若者という印象です。
    父親の平手政秀は傅役の爺、というイメージの人でしたが、その逆を行くキャラでした。
    そのキャラのために突っ走り……という最期を迎えてしまいましたが、信長に愛されていたため、のちのち佐久間さんの強制引退の理由のひとつにされてしまいます。

    家康は、これからも危機に見舞われ考えつづけます。
    まさに厭離穢土欣求浄土なんですが、それでもと戦って来た結果が天下人というのは、一理あると思います。
    やっぱり狸親父で、悪だくみしてきた結果かもしれませんが^^;

    ありがとうございました。

  • まさか、信玄の意図が信長への条件闘争だったとは。
    この見方は非常に面白かったです!
    さすが四谷軒様、視点が素晴らしいです。
    楽しませて頂きました。

    作者からの返信

    お星様、ありがとうございます。

    浜松城素通りって、もしかしたらこういう解釈ができるのかもしれない、と思ったのです。
    だから徳川を徹底的に叩き潰さずに素通りだったのでは、と。
    東濃は降伏勧告で無血開城ですし^^;
    それで、そもそも武田と織田って同盟していたし、これでより良い条件で「復縁」を狙っていたとしたら面白いなぁと考えたのです。
    お楽しみいただけたようで、何よりです^^;

    ありがとうございました。

    編集済