小惑星帯N-008

#6 裏世界でのブリーフィング

「さて、と」


 エイダーがパチンと指を鳴らすと、エイエンズ銀河の星図が、ホログラムとして浮かび上がった。細い航行可能領域で結ばれた、左右二つのエリア。ストラト共和国は、左のエリアから、下に次元断層というものを隔てた先にある。


「俺たちは、今ノービード星から、星図上は上にレビトンジャンプを行ってる最中だ」


 彼の持つ円筒状のデバイスが動くと、星図に線が表示される。


「目的地は、ニントウ星。ここの共和国軍司令部が、小惑星帯N-008に潜んでいる反政府勢力の掃討作戦に参加するよう、依頼してきた」

「掃討? 拘束ではなく、かい?」


 ヂオウが腕を組んで言った。ここ、居住区六階のブリーフィングルームにはクルー十五人全員が揃っている。リーダーたるエイダーを前に、残る十四人は椅子に腰かけていた。


「ああ。勢力の名前は『ゼロハチ連合』。知ってるやつは?」

「ゼロハチ連合……聞いたことがあります」


 セイトが言う。


「ゼロアニマや宇宙船を複数保有する、宇宙海賊ですよね」

「やっぱ賢いな、セイトは。ここ三年、ゼロハチ連合は急速に勢力を増している。ストラト首都星とニントウ星を結ぶ航路を完全に抑え、レビトンジャンプを阻害する機器を設置。知らずに入り込んだ船を襲ってる」


 進行方向の星と、そこから右に行った『THTLAT CAPITAL』との間、N-008と名付けられた小惑星帯に『UNAVAILABLE』の文字が浮かぶ。


「そこで、俺たちに掃討の依頼が来た、ってわけだ。ストラト首都星じゃ、ニントウ星の高級食材の需要が高まっているみたいでな、グルメなお偉いさんが命令を下したらしい」

「で、リーダー。ゼロハチ連合から直接被害を受けた船は、どれくらいなんだ」


 ナービが問う。


「ま、ルートを変えてレビトンジャンプすりゃ無視できるから、そう多くはねえが……その分輸送コストが嵩む。首都星の物価は、少しずつ上がってるそうだ。このままじゃ、経済は疲弊する。その前に──」


 エイダーは、右拳で左掌をパシンと打った。


「こうだ」

「それはいいけど、あたしらに海賊全部潰す戦力はないだろう? 正規軍はどのタイミングで介入してくるんだい」

「俺たちは遊撃部隊。レビトンジャンプ妨害装置を探し出して潰せば、二隻どでかいのが来るって話だぜ。それまでも、しっかり圧力をかけてくれるそうだ」


 ヂオウはそれ以上何も言わなかった。


「ニントウ星の牛乳は美味しいの? エイダー」


 ニコが紙パック片手に尋ねた。セイトの隣だ。


「さあな。俺は牛乳マニアじゃない」

「なんだ……」


 軽くいなされ、彼女は俯く。


「ヂオウ、ジャンプは後何時間続く?」


 エイダーに訊かれ、白い肌のヂオウは、組んだ腕を解かないままに応える。


「裏世界突入が一時間前だから……あと二時間。ニントウには、そこから一時間もかからないよ」

「なら、ニントウで少し休めるな。カノエ! 整備パーツの在庫は!」


 カノエ、と呼ばれたのは妙齢の女性だ。後ろの高い所で纏められた白髪と、碧い目が浅黒い肌に輝く。


「ノービードでかなり仕入れたから、この依頼の分は心配しなくていいよ、リーダー」

「そうか、なら──」

「と、言えればいいんだけど」


 エイダーの表情が曇る。


「新型……リーベルのパーツはほとんどない。ビームソードも特注品だから、失ったらザンクトのものを流用するしかないんだ。更に、リアクターも専用の小型高出力リアクターで、ウチの技術力じゃおそらく再現できないし……」


 碧い目が、壁際の席に座るセイトを射抜く。彼は居た堪れない気持ちで姿勢を固めた。


「だけど、掌のコネクターが規格品なのは助かるね。ザンクト用のビームカービンも使えることだし、丁寧に戦ってくれれば、武装の補給くらいはできるんじゃない?」

「じゃない、ってな、お前……」

「だって、内部データの解析もできないんだよ? ウチじゃ無理。共和国の開発チームがいないと、関節部のパーツ交換、何なら装甲表面のコーティングを行うのだって不可能。そうでしょ、アサリ、シジミ」

「ウス」


 彼女の左右に座っていた男二人が、短い返事をした。どちらも肌が浅黒く、銀色の髪を後ろの低い所で一束に纏めたヘアスタイルだ。


「そういうわけ。セイト、無駄にダメージ喰らったら、スパナでぶん殴るからね」

「勘弁してください……」

「喧嘩は勘弁してくれ」


 エイダーが苦笑交じりに言う。


「リーダーのザンクトは修復できたし、どうする? セイトに修理費請求する?」

「給料から天引きすりゃあ足りる。あと……とっておきの依頼も任されてるんだ」


 ヂオウとナービを除くクルーたちの顔は、一斉に彼へと視線を注いだ。興味、怪訝。色は様々だ。


「ノービード駐留軍司令部から、直々に要請が入った。そうだろ、ナービ」

「ああ。ノービードを出る直前、リーベルに関して運用を一任する、という暗号通信が入った。その際、リーベルの戦闘、整備……その他一切のデータをノービードのゼロアニマ工廠に提供することで、追加の報酬金を都度与える。それが、『とっておきの依頼』だ」


 セイトは、聞いていないぞ、と目をぱちくりさせた。が、とりあえず問う。


「なら、リーベルがダメージを負った時は逐次ノービードに帰る、と?」

「そうなるな。だから、その──丁寧に乗ってくれ。毎日レビトンジャンプしてたらリアクターの寿命が縮んじまい」

「チョ、ちょっと待った!」


 カノエが手を挙げて、会話を止めた。


「ノービードにはリーベルの全データがあるってこと⁉ なんでそれをこっちに提供してくれないのさ!」

「そうだそうだ!」


 アサリとシジミも同調する。


「運用データを蓄積して提供しろ、って言うなら整備できるように手配するべきでしょ⁉ ウチらのことなんだと 思ってるのさ!」

「そう怒らないでくれ。俺も一介の賞金稼ぎだぜ、何もかもを都合よくする、なんてことはできねえよ」


 口を尖らせたカノエの肩に、アサリとシジミはポンと手を置いた。


「リーダー」


 次に話し出したのは、ゾバ船医だ。白衣はそのまま、青い髪と青い肌を際立たせる。


「ゾバ先生、何か?」

「ノービードで麻酔薬を確保し損ねた。ニントウに入ったら、有事に備えて購入してもらいたい」

「オーケー、やっときますよ、先生」


 麻酔薬、という言葉にセイトは表情を暗くする。パイロットである以上、どこかで怪我はするし、腕の一本がなくなることだってあるだろう。


(そうなった時、俺は生きて帰れるだろうか)


 ゼロアニマの操縦は、専ら思考によって行われる。腕は、武器を使わないなら必要ない。それでも、痛みに悶えて制御できなくなるかもしれない、と考える。


 これは戦場に向かう船。彼は、膝の上で拳を作った。そこに、ニコの手が重なる。


「大丈夫だよ、セイト」


 赤い目が、彼を見上げた。


「セイトは、一人じゃないから」

「ニコ……」

「いい雰囲気な所悪いが」


 呆れたエイダーの声で、セイトは素早く手を引っ込めた。


「一旦解散でいいか? 話したいことは話したからな」


 十四人から思い思いの返事が上がった。ざわざわとブリーフィングルームを出て行く男女。だが、セイトだけは、ニコの体を前に、壁に追いやられていた。


「な、何さ、ニコ」

「リーベルは、非常操縦システムが搭載されてる」


 緩い胸元から見える柔肌。彼は、必死に目を逸らす。


「だから、パイロットが操縦できなくなっても帰れるんだよ、セイト」

「そ、そうなのか。なら、便利だね」


 どうしてこうも距離が近いのか。年頃の少年として、真っ当な疑問を彼は抱く。


「思考が読みやすい。多分、弱いけど感応者の力があるんだよ、セイトには」

「リアクターは起動できないよ?」

「それくらい弱い。でも、頭の中はよく見える。だから、面白いんだよ、セイト」


 徐々に、二つの顔の距離は縮まる。危うい所で、彼はニコを押し返した。


「嫌いになった?」


 ニコは無表情なままで尋ねる。だが、確信はあった。


「嫌いとか好きとか、そういうのじゃなくて。もっとガードを固めた方がいいと思うだけ。だって、僕はまだたに──」


 そう語る彼の唇に、薄い唇が重なった。そこで終わらず、舌まで入る。


「随分と、慣れているみたいだけど?」

「色んな人の相手をしてきたから。セイトは、初めてだった?」

「そうだよ……」


 真っ赤な顔を横に向け、彼は深く息を吐く。


「キスとかそういうのは、もっと大事な人に取っておくべきだよ。たまたまその場にいた俺なんかとしてると、自分を安売りすることになる」

「リーベルに乗ると、セイトの思考がよく聞こえる」


 まるで話を聞いていないな、と彼の呆れ。


「もっと冷静になるべきだよ、セイト。いつか、足元を掬われてしまうから」

「……マフィアは嫌いなんだ。帝国軍と結びついたマフィアの討伐に向かって、両親は行方不明になったから」

「セイトが私を連れだした時も、冷静じゃなかった。でも、機転は利く。だから、好き。この船も、私に外を見せてくれるから、好き」

「好き、って──」


 見つめてくる赤い瞳を見つめ返すと、そこにある冷たい光が反射して彼に襲い掛かった。好き。その言葉に、どれほどの重みがあるか。


「潰してほしいの。デンド・ファミリーを」

「……なんでさ」

「デンドの人たちは、私を道具としか思ってない。暇さえあればリアクターの再起動。ずっと、船の中」


 自分より若いであろう少女。セイトは、喉の奥で苦しい音を鳴らす。


「だから、潰してほしい。セイトなら、できるよ」


 怖い、と言うのを先回りされて封じられた形だった。彼の頷きが、空気を揺らす。


「……まずは、海賊退治を生き残ろう。そしたら、マフィアも叩けるようになる」


 ニコは、すっとセイトから離れた。


「後でね、セイト」


 その声音に少しの色が乗ったよう。セイトにとっては、そんな気がした。

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