北砦の風は、四人で門を閉めた

 北砦は、門だけが残っていた。


 壁は崩れ、見張り台は半分になっている。それでも鉄の門は、十五年前と同じ幅で谷を塞いでいた。


「俺は、ここに立っていた」


 バンが門の右側へ手を置く。


「三人は?」


「一人は上。二人は下だ」


 名前ではなく、位置で覚えている。


 魔力庫から持ち出した透明な功績板には、バンの名と三つの空欄がある。板は砦へ近づくほど熱を持ち、門前で赤く光った。


 リゼッタが地面へ膝をついた。


「契約刻印が、四か所あります」


 門柱の右。歯車室の上。崩れた排水路の両端。


 英雄一人が力で閉めた門には、四つも要らない。


「再現するぞ」


 俺は砦の外へ出た。


 谷から北風が吹き込んでいる。十五年前の撤退戦も同じ季節だった。避難の荷車は南へ進み、魔獣は北から来た。


 光輝が門へ手をかける。


「押せばいい?」


「押すな。重さを測る」


 門の下へ砂を撒き、四つの刻印へ細い風を置く。バンには当時と同じ合図だけをしてもらった。


「鐘、二つ」


 彼が言う。


 俺は置き風を解いた。


 右の門柱で空気が縮む。上の歯車室で逆向きの風が噛み合う。排水路の二か所から冷気が走り、熱を持った軸を同時に冷やした。


 門が一尺だけ動いた。


 光輝が息をのむ。


「四人とも、別のことをしてた」


「バンは門を押していない」


 リゼッタが刻印の残光を追う。


「右側で退路の風を止め、荷車が転倒しないよう流れを整えています。上の一人は歯車の回転を補助。下の二人は軸の焼き付きを防いだ」


 四人の仕事を一人分の大魔法に見せれば、興行の絵になる。


 だが請求も一人分へ集まる。


「三人は、どこへ行った」


 バンが門柱を殴った。


 答えたのは、崩れた詰所の奥から聞こえた金属音だった。


 王国兵が二人、古い箱を運び出そうとしている。


「止まれ」


 光輝が声をかけると、兵は箱を落とした。


 蓋が開く。


 中には勲章が三つ入っていた。どれも名札が外され、代わりに同じ受領番号が打たれている。


「砦の整理命令です」


 兵の一人が言った。


「誰の命令だ」


「王室救恤局です。古い救助記録を王宮へ移すと」


 リゼッタが受領番号を写す。


 その間に、もう一人の兵が伝令鳥を放った。


 俺は鳥を落とさない。羽音へ微風を添え、行き先だけを聞く。


 鳥は南東へ向かった。王都ではない。北砦の麓にある救護院だ。


「記録を隠すなら、王宮へ運ぶはずだ」


 俺は箱を閉じた。


「これは誰かに届ける荷物だ」


 兵は黙った。


 バンが三つの勲章を功績板へ近づける。


 空欄は埋まらない。


 代わりに、その下へ三本の細い線が伸びた。線の先に同じ文言が浮かぶ。


『救恤金、受領済み』


「本人たちが受け取ったのか?」


 光輝が問う。


 リゼッタは勲章の裏を見た。


「受領印がありません。あるのは、局の代理印だけです」


 三人の功績は消されただけではない。


 彼らへ払われるはずだった金を、別の誰かが受け取っている。


 バンは門の前へ戻った。


「俺は、あいつらに礼も言っていない」


「まだ言える」


 俺は伝令鳥が消えた方角を見る。


「少なくとも一人は、麓にいる」


 そのとき、閉じたはずの鉄門が軋んだ。


 門の中央へ、新しい王室印が浮かんでいる。


 受領番号の持ち主が、こちらから門を開けようとしていた。

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