ライジングサン

「受けよう、月生げっしょう


 唐突に、しかし高らかに響いた。

 軽くて柔らかで、それから甘い声だった。

 ボーイソプラノ。

 声変わり前の少年が持つ期限付きのギフト。

 窓が開け放たれる。

 冬の夜気と共に、コウモリが一羽、室内へ飛び込んでくる。

 皆の視線を浴びながら、たっぷりと間を取るように、円を描いて飛ぶ。

 いいからさっさと変わって閉めろ。寒い。

 思念が届いたのか直後にコウモリの姿は消え、三日月の浮かぶ夜空を背にそいつは立っていた。

 小柄な体に羽織った真紅のスカジャン、アッシュグレーの三つ編みが夜風に揺れる。

 十代半ばの、少年にも少女にも見える顔立ち。月生げっしょうは男だと知っているが、声も相まって女と思われてもおかしくない。

 薄い眉の下、綺羅星のような双眸が室内を見渡し、にっと笑った口元からは長く伸びた牙の先端が覗く。

 その吸血鬼はこちらへカツカツ歩み寄ったかと思うと、「あっ」と声をあげて進行方向を微修正。月生げっしょうたちの横を通り過ぎて隣り合ったリビングへ。

 窓は開けっ放しのまま。

 冷蔵庫のドアを開け、赤い液体で満ちたパックを取り出す。

 彼の一日分の血液だ。

 余り気味の袖から覗く白い指が両端を摘む。 

 相応に厚めのビニル樹脂を、スナック菓子の袋みたく無造作に破いてみせた。

 慣性の法則に従い躍り出た血液は、重力に従い床に溢れることはなかった。

 息を吸う。

 突風めいた気流が生まれ、全ての血が赤い奔流となって吸い込まれていく。

 そして最後は、長く伸びた二本の牙の先端へ消えた。

 全部で一秒にも満たない出来事だ。

 何度見ても不思議に思う。

 体重60kgの吸血鬼なら必要量は一日あたり四百ml。必要量は体重の½乗に比例するらしい。

 しかし四百mlの血液なんてカロリーに換算すればおにぎり一個分程度だ。足りるわけがない。

 そもそも彼らはコウモリやヒルのように血を消化吸収しているわけでもない。

 体積よりはるかに多くの血を吸うことも可能で、吸った血の行き先は完全なブラックボックスだ。

 彼らの吸血は食事というより儀式だ。

 吸血という行程を踏むことで量に応じた不死性を得る、何らかの魔術的な。


 儀式を終えると空のパックをゴミ箱に放り、改めて依頼人の前へ歩み出る。

 わざわざ吸血してみせたのは多分、吸血鬼であることのアピールが最近の彼のマイブームだからだろう。

 あの吸い方も本人曰くかっこいいからと。かっこいいだろうか。

 

「僕は神野太陽。

 月生げっしょうの相棒で探偵」


 きらりと白い歯、トレードマークの牙を見せつける。

 

「ライラは僕と月生げっしょうが絶対捕まえる。

 ヘブン探偵事務所にお任せを」


 事務所唯一の調査員。月生げっしょうの相棒。

 サイトのスタッフ紹介に曰く猫探しから魔王討伐まで吸血鬼パワーで何でも解決、と。

 窓を閉めつつ、佑月真昼へと視線を戻す。

 彼女は弾かれるように立ち上がる。

 ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐる。香水か何かだろうか。

 依頼を受けると告げられて、彼女は頬を真っ赤に上気させ、涙ぐんでさえいた。

 真昼の前に、太陽の真っ白でピカピカの手が差し出される。

 彼女は渇いた音を立ててその手を払った。


「冗談じゃないっ!! 死ねっ!! 化け物!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る