第30話 月曜日の登校と、衣装決定の狂騒曲

 あの波乱に満ちた週末が明け、恐怖の月曜日がやってきた。


 結局のところ、土曜日の公園での修羅場は、両側に三郷と笹浪さんを配置したまま駅まで連行されるという、周囲の歩行者全員からの刺すような視線に耐え続ける地獄の散歩で幕を閉じた。

 どちらの腕も解放されることなく、最寄り駅の改札前で二人が同時に「明日も連絡するから!」と「今夜、電話するわね」と言い残して去っていった時の恐怖は、今思い出しても背筋が凍る。


 そして今、僕は朝のホームルームが終わるや否や、またしても一号棟最上階の生徒会室へと連行されていた。


「さて、諸君! いよいよ文化祭本番まで時間がなくなってきた!」


 部屋の中央で、桐谷会長が実に晴れやかな笑みを浮かべて宣言する。

 しかし、その爽やかな会長の声とは裏腹に、広い生徒会室に充満する空気は、ほとんど物理的な重量を伴うほどの圧迫感を放っていた。


 ソファーの特等席には、腕を組みながら絶対零度の視線を放つ姫月三郷。

 その隣で、対抗心を燃やすように背筋を伸ばし、僕と目が合うたびに頬を赤くして微笑む笹浪寿羽さん。

 壁際で腕を組み、モデルとしてのプロの笑みを崩さない立花凛花さん。

 パイプ椅子にちょこんと座り、文庫本越しに青い瞳で僕をじっと見つめる椎名小春さん。

 僕のすぐ後ろに音もなく忍び寄り、制服の裾をしっかりと掴んで離さない浅利日和先輩。

 そして、エナメルバッグを抱えて「今日こそ絶対に譲らないから!」と鼻息を荒くする軽井沢天音さん。


 学校が誇る『六大才女』が全員揃ったその光景は、控えめに言っても人類には早すぎる圧巻の威容だった。

 壁際に控える穂状さんが、「影久くん、生きて帰ってね……」と哀愁を漂わせた目で僕を見つめている。


「今日の議題はただ一つ! 影久くん、そして才女諸君が着用する『文化祭特別ステージ衣装』の決定だ!」


 桐谷会長がホワイトボードに大きな文字で書き記す。

 その言葉が引き金となり、静まり返っていた部屋が一瞬にして戦場へと化す。


「なつめの衣装については、すでに私が候補を絞ってあるわ。彼の品格を引き立てる、黒を基調としたフォーマルなスーツスタイルよ。当然、私のドレスとお揃いになるけれど」


 三郷が優雅に、けれど一切の反論を許さない口調で先陣を切った。

 しかし、すぐさま笹浪さんが立ち上がる。


「ダメだよ! なつめくんには、もっと親しみやすい衣装がいい! 週末のデートでも、カジュアルな服がすごく似合ってたもん! 私とお揃いの、可愛い制服風のコスプレにするの!」


「デート……? 寿羽さん、今、何と言ったのかしら?」


 三郷の目がギラリと光り、二人の間でバチバチと見えない火花が飛び交う。


「二人とも甘いよ! なつめくんといったら、やっぱり動きやすくて格好いいスポーツウェア系でしょ! 私と一緒に、ペアで運動部モチーフの衣装を着るの!」


「……不純。なつめくんは、白い騎士。私を守るための、美しい鎧とマント。本の世界から出てきたみたいにする」


「違う。伴侶は、漆黒の王。私が作る、羽の生えた衣装。私が、着せる」


 天音さん、椎名さん、浅利先輩が次々と自説を主張し、意見は完全に分裂していた。

 誰も一歩も引こうとしない。それぞれの瞳には、自分こそが僕の隣にふさわしいという激しい独占欲が燃え上がっていた。


 収拾がつかなくなりかけたその時、凛花さんがパンと一回、綺麗な音を立てて手を叩いた。


「はいはい、みんな一旦ストップ! 現役モデルの私から言わせてもらえば、みんなの提案は自分の好みに寄りすぎだよ」


 さすがは凛花さん、客観的で大人な意見だ、と僕が安堵の息を吐いた瞬間――。


「だからこそ、プロである私になつめくんの全身コーディネートを任せるべき。私が選ぶのは、誰もが息を呑むような、極上の王子様衣装だよ。もちろん、私のドレスと完璧にペアリングさせてね?」


 極上の笑顔で放たれたその言葉に、他の五人の才女たちの視線が一斉に凛花さんへと向けられた。


「……随分と自分に都合のいいプロデュースね、立花さん」


「三郷さんこそ、職権乱用じゃない?」


「なつめくんを王子様にするなら、お姫様は私だよ!」


「……譲らない。私の騎士」


「伴侶の服は、私が縫う。一針一針、愛を込めて」


 六人の美少女たちの視線が僕の身体の上で交差し、もはや空気そのものが爆発しそうなほどの熱を帯びる。

 あまりの迫力に、僕はパイプ椅子の上で小さく縮こまることしかできない。


「あ、あの……みんな、僕の着たい衣装の希望とかは……」


「「「「「「なつめ(くん・伴侶)は(黙ってて/私が選ぶから/私を見て)!」」」」」」


「はい……」


 寸分の狂いもなくハモった美少女たちの声に、僕の主権は一瞬で消滅した。

 右から左から、甘い香りと強烈な圧力が僕を包み込み、頭がクラクラとしてくる。


「ハハハ! 素晴らしい熱量だ! これなら文化祭のステージは大成功間違いなしだな!」


 高笑いする桐谷会長と、頭を抱えて祈るようなポーズを取る穂状さん。

 僕を巡る才女たちの衣装争奪戦は、文化祭本番を前に、さらに苛烈な全面戦争へと突入していくのだった。



―――――――――――――――――――――――――――あとがき!!


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