第23話 神々の集結と、六人目の才女

 ――そして、運命の放課後が訪れた。


 浅利先輩の説得を終えた僕を待っていたのは、生徒会からの緊急招集だった。

「才女たちのコスプレ企画」が正式に動き出すにあたり、関係者全員の顔合わせを行うという。

 場所は、一号棟最上階の生徒会室。


 僕が重い足取りで扉を開けると、そこはすでに、一般生徒が見たら一秒で気絶するような、圧倒的な空間へと変貌していた。


「遅いわよ、なつめ。私の隣が空いているわ」


 ソファーの特等席で足を組み、気高い笑みを浮かべる姫月三郷。


「なつめくん、こっちこっち! 私の隣も空いてるよ!」


 その反対側に陣取り、ブンブンと手を振って笑顔を向ける軽井沢天音さん。


「……席なら、ここにある」


 部屋の隅のパイプ椅子にひっそりと腰掛け、文庫本から視線だけを僕に向ける椎名小春さん。


「伴侶。私の隣、座るの」


 いつの間にか僕の背後に音もなく立ち、制服の裾をぎゅっと掴んできた浅利日和先輩。


 この学校が誇る『才女』たちが一堂に会したその光景は、もはや神話のワンシーンのようだった。部屋の壁際に控える穂状さんや、他の生徒会役員たちが、その凄まじい美貌のプレッシャーに冷や汗を流してガタガタと震えている。


「やあ、影久くん。本当にほとんど全員集めてくれるとは、さすがだね」


 デスクの前に立つ桐谷吉次会長だけが、相変わらず頼もしい笑顔で僕を出迎えてくれた。

 しかし、その会長が書類に目を落とし、不意に真剣な顔で口を開く。


「さて、メンバーも揃ったところで一つ、この企画の重大な変更点を発表したい。……今回、コスプレイベントに出演してもらう才女は、当初の五人ではない」


「え? 五人じゃないんですか?」


 僕が首を傾げると、三郷の瞳がふっと鋭くなった。

 会長は満足そうに頷き、生徒会室の扉を真っ直ぐに指差す。


「ああ。我が校には、まだ隠された才能が眠っていた。……入ってきてくれ、六人目の才女!」


 ガチャリ、と静かに扉が開いた。

 夕日に照らされながら入ってきたのは、見違えるほど綺麗に整えられた茶髪を揺らす少女――笹浪寿羽さんだった。

 緊張のせいか少しだけ頬を赤らめているけれど、その佇まいは、他の才女たちに一歩も引けを取らないほど洗練されていた。


「笹浪さん!?」


 僕が驚きの声を上げると、笹浪さんは僕を見て、どこか照れくさそうに、けれど嬉しそうに微笑んだ。


「……遅くなってごめんなさい、なつめくん」


「ふむ、彼女が笹浪寿羽さんか。最近の定期テストで、学年トップの姫月さんに肉薄するほど、驚異的に成績を伸ばした隠れた秀才。さらに、その卓越した美貌……。文句なしで、六人目の才女として迎え入れよう!」


 会長の言葉に、部屋の中が一気にざわついた。

 特に、三郷の周囲の空気が絶対零度まで急降下していく。


「寿羽さん……。あなた、なつめに追いつくために、そこまで死に物狂いで勉強したのね」


「うん。三郷さんばかりを、なつめくんの隣に立たせるわけにはいかないもん。私も『才女』として、なつめくんと同じステージに立つよ」


 笹浪さんは僕の正面まで歩いてくると、三郷の冷徹な視線を真っ向から受け止めながら、僕の手をぎゅっと握り締めた。

 二人の間に散る火花。その凄まじいキャットファイトの気配に、生徒会室の窓ガラスが振動している気がした。


 ※ ※ ※


 なんやかんやで顔合わせが終わり、学校中にこの『六人の才女、夢の集結』のニュースが瞬く間に広がっていった。

 放課後の廊下や昇降口は、一般生徒たちの動揺と怒号で、パニック寸前になっていた。


「おい、聞いたか!? あの美術室の引きこもり美女まで出てきたって!」


「しかも、あの地味だった笹浪が、学校一の才女たちと並んで歩いてたぞ! めちゃくちゃ綺麗になっててビビった!」


「っていうか、なんでその中心に、いつもあの影久がいるんだよ、チクショウォォォォォッ!!」


 地鳴りのような男子生徒たちの叫び声を背中で浴びながら、僕は一人、まだ説得できていない『最後の一人』を探して、校舎の裏手へと向かっていた。


 立花凛花さん。

 現役モデルとしても活動する彼女は、仕事のスケジュールを理由に、まだこの企画への参加を保留にしているのだ。


 中庭の喧騒から離れた、静かな木陰。

 そこに、青みがかった黒髪をサラリと揺らした凛花さんが、一人でスマートフォンの画面を眺めて佇んでいた。


「あ、なつめくん。どうしたの?」


 僕の足音に気づいた彼女が、いつもどおりの、包み込むような優しい笑顔で振り返る。

 その芸能人としての圧倒的なオーラに少し気後れしそうになりながらも、僕は小脇に抱えたファイルを強く握り締めた。


「立花さん。実は……文化祭のコスプレのことなんだけど」


「あはは、やっぱりその話だよね。ごめんね、マネージャーに確認したんだけど、文化祭の日はちょうど大事な撮影が入っちゃいそうで、保留のままなんだ」


 凛花さんは申し訳なさそうに、ふわりと眉を下げた。

 モデルとしての仕事があるなら、無理に巻き込むわけにはいかない。それは分かっている。だけど、僕はどうしても、彼女と一緒にあのステージに立ちたかった。


「……そっか。仕事なら仕方ないよね。でも」


 僕は一歩、彼女に近づいて、真っ直ぐにその瞳を見つめた。


「僕は、立花さんとも一緒にステージに出たい。僕のために怒ってくれて、僕を『一人の人』として守ってくれた立花さんと、文化祭を楽しみたいんだ。……だから、少しでもチャンスがあるなら、諦めたくない」


 僕の本心からの説得に、凛花さんは小さく息を呑んだ。

 驚いたように見開かれた瞳の奥に、じわじわと熱い光が灯っていく。


「なつめくん……。それって、私に『隣にいてほしい』ってこと?」


「うん。立花さんがいないと、寂しいから」


「……っ」


 凛花さんは一度顔を背けると、赤くなった頬を両手で隠した。

 それから、限界まで顔を真っ赤にしたまま、いたずらっぽく、けれどどこか熱い視線を僕に投げかけてくる。


「そんなずるいこと言われたら、仕事なんて仮病を使ってでも休みたくなっちゃうじゃん……。分かったよ。マネージャーを泣かせてでも、スケジュールを絶対にこじ開けるから」


「本当に!? ありがとう、立花さん!」


「その代わり、お願いがあるの」


 凛花さんは僕の手を取り、指を絡ませながら、僕の耳元へと顔を寄せた。

 熱い吐息が、僕の鼓膜を甘くあやす。


「なつめくんの衣装、私がプロデュースしていい? 私とお揃いで、学校中の誰よりも格好いい王子様にしてあげる」


「え? 王子様?」


「うん。神木さんが手放したことを、一生後悔するくらいのね。……覚悟しておいてね、なつめくん」


 妖艶に微笑む凛花さんの瞳には、他の才女たちに負けないほどの、強烈な独占欲の光が宿っていた。


 三郷、笹浪さん、天音さん、椎名さん、浅利先輩。そして、立花凛花。

 ついに六人の才女全員の説得が完了してしまった。

 

 世界を揺るがすような文化祭の大舞台を前に、僕を中心としたヒロインレースは、もう誰にも止められない爆発的な領域へと突入しようとしていた。



―――――――――――――――――――――――――――あとがき!!


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