第5話 そして、旅立ち……
〇 冒険者ギルド
カラン……
重厚な木の扉が開く。
朝の光を背に、一人の少女が冒険者ギルドへ足を踏み入れる。
年の頃は十五歳ほど。
銀色の長い髪を揺らし、質素な旅装束に身を包んでいる。
賑やかだったギルドの視線が、一斉に少女へ集まる。
酒場スペース。
冒険者A「おいおい……。」
冒険者B「子どもじゃねぇか。何しに来た?」
冒険者C「迷子か?お母さんを探してって依頼か?」
ゲラゲラと笑う冒険者たち
エルシアは周囲を気にすることなく、まっすぐ受付へ向かう。
〇受付カウンター。
優しそうな受付嬢が微笑む。
受付嬢「ようこそ、冒険者ギルドへ。」
受付嬢「本日はどのようなご用件でしょう?」
エルシア「冒険者登録をお願いします。」
受付嬢は少し驚きながらも笑顔を崩さない。
受付嬢「登録ですね。かしこまりました。」
後ろでは笑い声。
冒険者D「剣なんか持ったこともなさそうなお嬢ちゃんが冒険者ぁ?」
冒険者E「冒険は遊びじゃねぇぞ。」
背後から野次が飛ぶ。
冒険者A「やめとけやめとけ。」
冒険者B「荷物持ちぐらいならできるんじゃないか?」
ギルド内に笑いが広がる。
受付嬢が冒険者たちをきっと見渡す。
受付嬢「皆さん。」
受付嬢「登録希望者への侮辱はギルド規約違反です。」
受付嬢「お静かにお願いします。……ぶっ飛ばすぞ、バカ者ども」
冒険者たちは引きつって苦笑い。
冒険者C「悪かったよ。」
冒険者D「あ、いや……はい。」
冒険者E「(小声で)馬鹿ッ、お前ら、
受付嬢は再びエルシアへ。
受付嬢(ミランダ)「では、こちらへお名前と年齢をご記入ください。」
エルシアが羊皮紙へ記入する。
**記入欄**
名前:エルシア
年齢:15
特記:剣が使える。魔法も少々
ミランダが目を丸くする。
ミランダ(心の声)(十五歳……。もっと幼いと思ってたけど…。)
ミランダ(心の声)(後、剣も魔法も使えるなんて珍しいわね。まぁ、どのレベルかにもよるけど)
ミランダが小さな水晶球を取り出す。
ミランダ「最後に魔力適性の確認を行います。」
ミランダ「こちらへ手を置いてください。」
エルシアは一瞬ためらう。
脳裏をよぎるのは,5年前の洗礼の儀
エルシアは軽く首を振り、静かに水晶へ手を添える。
水晶が淡く輝く。
ピィィ……
光の色が変化する。
白。
青。
緑。
赤。
金。
次々と色が入れ替わる。
ミランダが首をかしげる。
ミランダ「……あれ?」
水晶はなおも明滅を繰り返す。
光が安定しない。
ピピッ……ピィ……パッ……
ミランダが困ったような表情になる。
ミランダ「申し訳ありません……。適性が……定まりません。」
エルシアが首をかしげる。
エルシア「定まらない……ですか?」
脳裏をよぎる洗礼の儀
……やっぱり、私は……能なし……なの?
ミランダは申し訳なさそうに説明する。
ミランダ「通常、この水晶はその方の最も高い適性を示します。」
ミランダ「剣士、魔法使い、僧侶、弓使い……どの系統なのかが判別できるのですが……。」
もう一度水晶を見る受付嬢。
しかし結果は変わらない。
ミランダ「これでは登録用紙に職業適性を記載できません……。」
ミランダ「申し訳ありませんが、このままでは正式な登録は難しいです。」
困惑する受付嬢。
何が起きているのか分からず、小さく首を傾げるエルシア。
その様子を見ていた冒険者たちは、事情も知らずにひそひそと話し始める。
冒険者A「なんだぁ?」
冒険者B「登録すらできねぇのか?」
エルシアの心の中にどす黒いものがたまっていく
……私は……能なしじゃない……
〇受付カウンター。
困った表情のミランダが、揺れ続ける水晶をじっと見つめている。
ミランダ(心の声)(こんな反応……どこかで……。)
ミランダの脳裏に研修時の記憶がよみがえる。
教本を広げる年配職員。
年配職員(回想)「稀に適性が安定しない者がいる。」
教本の一ページ。
「召喚士」の項目。
魔法陣と契約した使い魔の挿絵。
年配職員(回想)「召喚士は契約した使い魔の影響を強く受ける職業だ。」
年配職員「契約前は適性が揺らぎ、水晶でも判別できないことがある。」
〇 受付カウンター
ミランダが顔を上げる。
ミランダ「……そういうことでしたか……エルシアさん。」
ミランダ「可能性の一つですが……あなたには召喚士の適性があるのかもしれません。」
エルシアが目を丸くする。
エルシア「召喚士……?」
ミランダが説明する。
ミランダ「とても珍しい職業です。」
ミランダ「契約した使い魔によって能力が変化するため、契約前は適性が安定しないことがあります。」
ミランダ「もしそうなら、一度『召喚の儀』を試してみる価値があります。」
エルシアが首を傾げる。
エルシア「でも……。召喚の儀なんて、やったことがありません。」
ミランダが安心させるように微笑む。
ミランダ「ご安心ください。」
ミランダがギルド奥を指差す。
ミランダ「ギルドには、召喚士登録用の儀式室があります。」
ミランダ「魔法陣も媒介も用意されています。手順はこちらでご説明します。」
エルシアが小さく頷く。
エルシア「……お願いします。」
……召喚士……珍しいって言った。だから私のことが、あの司祭様にはわからなかったんだ。あの時「王都へ」といったのは、王都なら私の適性がわかるからってことだったのね。
ミランダがカウンターを出て歩き始める。
ミランダ「こちらです。」
それを見ていた冒険者たち。
冒険者A「召喚士?」
冒険者B「そんな珍しい適性なのか?」
冒険者C「聞いたことねぇけど……面白そうじゃねぇか。」
冒険者D「暇だし見物だ。」
ぞろぞろと後をついていく冒険者たち。
〇ギルド地下。召喚の間
円形の石造りの部屋。
床一面に巨大な召喚魔法陣が刻まれている。
壁には古代文字が並び、魔力灯だけが青白く揺れている。
入口付近には興味津々の冒険者たち。
冒険者A「初めて見るな。」
冒険者B「召喚士なんて本当に存在したのか?」
ミランダが中央を示す。
ミランダ「魔法陣の中央へ立ってください。」
魔法陣の中央へ歩くエルシア。
静寂が部屋を包む。
ミランダ「深呼吸をして……。魔力を魔法陣へ流してください。」
エルシアが静かに目を閉じる。
胸の前で両手を組む。
魔法陣がわずかに光を帯び始める。
……ゴォ……
部屋全体の空気が震える。
魔法陣から眩い光が立ち昇り、風が渦を巻く。
冒険者たちは思わず目を見開く。
冒険者A「お、おい……!」
冒険者B「こんな反応、見たことねぇぞ……!」
光はさらに勢いを増し、魔法陣の光が最高潮に達する。
ゴォォォォォ……!!
見守る冒険者たち。
ミランダも固唾を呑んで見守る。
光が一点へ収束する。
シュゥゥゥ……
静寂。
煙がゆっくり晴れていく。
魔法陣の中央。
そこにいたのは――
「一匹の蚊」
小さく羽を震わせている。
プ~~~~ン……
沈黙。
全員が固まる。
誰かが吹き出す。
冒険者A「……ぶっ。」
堪えきれず腹を抱える冒険者。
冒険者B「ぶはははははっ!!」
ギルド中が大爆笑。
冒険者たち「蚊だぁぁぁ!!」
冒険者C「召喚獣が蚊!?」
冒険者D「そんなの初めて見た!」
冒険者E「最弱じゃねぇか!」
冒険者F「ゴブリンより弱そう!」
エルシアの肩がわなわな震える。
俯いたまま。
勢いよく顔を上げる。
エルシア「な、なんでぇぇぇぇっ!!」
涙目で蚊を指差す。
エルシア「なんで蚊なのよぉぉぉーーーっ!!」
蚊は何も分からないかのように空中をふよふよ。
プ~~ン♪
ミランダが苦笑いしながら近づく。
ミランダ「ま、まぁまぁ……。召喚士ですから。」
ミランダ「お気に召さなければ送還して、改めて別の使い魔を――」
ミランダの言葉が止まる。
視線はエルシアの右手。
手の甲に淡く輝く契約紋。
蚊にも同じ紋章が浮かんでいる。
ミランダの顔が引きつる。
ミランダ「……あれ?」
契約紋を見比べるミランダ
ミランダ「契約……済んでます。」
エルシアが固まる。
エルシア「…………え?」
絶叫。
エルシア「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
エルシア「いつの間にぃぃぃぃっ!!」
蚊は相変わらずのんびり。
プ~~~ン♪
ミランダは乾いた笑み。
額に冷や汗。
ミランダ「え、えっと……。」
登録証を差し出す。
ミランダ「契約済み使い魔を確認。」
ミランダ「召喚士としての適性も確認。」
ミランダが無理やり笑顔を作る。
ミランダ「こ、これでエルシアさんの冒険者登録は完了です!」
ミランダ「し、失礼しますっ!」
ぺこりと頭を下げると、そのまま逃げるように受付へ戻っていく。
その背中を見送りながら固まる冒険者たち。
冒険者A「……登録できたのか。」
冒険者B「できちゃったな。」
儀式室の床に崩れ落ちるエルシア。
両手をついて涙目。
その目の前では、一匹の蚊が嬉しそう(?)に飛び回っている。
プ~~~ン♪
エルシア「こんなの聞いてないよぉぉぉ……。」
〇召喚の間(イチロー視点)
ぼんやりとした白い光。
視界が揺れる。
イチロー(……ん?)
光が晴れていく。
目の前には巨大な人間たち。
見上げるほど高い天井。
巨大な魔法陣。
イチロー(えっと……。)
自分の小さな羽を見下ろす。
六本脚。
細い口吻。
イチロー(俺……蚊のままだな。)
エルシアを見上げる。
契約の紋章が一瞬だけ光る。
イチロー(よく分からんが……。俺は、あの娘の使い魔として召喚された……ってことか?)
視界にステータスウィンドウが開く。
しかし文字が乱れ、ノイズだらけ。
**表示**
???????
#######%
ERROR
■■■■■
数字も文字も崩壊している。
画面がチカチカと点滅。
イチロー(なんだこれ……。壊れてんのか?)
画面の隅だけ、かろうじて読める。
**寿命:残り15年**
イチロー(……あ、うん。……残り五日に比べりゃ、ぐんっと増えたよな。)
イチロー(確認しなきゃならんことは山ほどある。)
ステータス。
契約。
ここはどこなのか。
人間たち。
次々と思考が浮かぶ。
……しかし!
イチローが首(?)を振る。
イチロー(……まずは挨拶だな。)
エルシアが床にへたり込み、涙目になっている。
イチローがエルシアの前まで飛ぶ。
プ~~~ン
エルシアが涙目のまま蚊を見る。
イチロー、爽やかな笑顔(のつもり)。
イチロー『よう!』
イチロー『これからよろしくな、ご主人様!』
できるだけ親しみやすく。
できるだけフレンドリーに。
エルシアの額に青筋。
エルシア「誰がご主人様よぉぉぉぉっ!!」
拳が振り抜かれる。
ドゴォン!!
風圧でイチローが部屋の壁まで一直線に吹っ飛ぶ。
壁にめり込む寸前で体勢を立て直すイチロー。
イチロー(……え。フレンドリーって、難しいな。)
エルシアがまだ顔を真っ赤にして叫んでいる。
エルシア「なんでしゃべるのよ、この蚊ぁぁぁぁっ!!」
これが、後の勇者姫エルシアと蚊の魔王イチローの初邂逅だった。
勇者姫と害虫の珍道中 ~転生したら蚊でした……なんでやっぁぁ!~ @Alphared
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