第4話 被害者、支倉綾乃
綾乃の部屋は本で散らかりかえっていた。少年マンガや少女マンガにまざり、デザインの本が転がっている。
さくらが座る場所もなく、部屋を少し眺めていると綾乃が本を拾い、座るスペースを作る。
そのまま綾乃は椅子に座り、パソコンのキーボードをたたいた。
『汚い部屋でごめんなさい』
パソコンから音声が流れる。
綾乃はさくらの方を向き、頭を下げた。
「いいえ、突然お邪魔したのは私たちの方ですし。それに、私の部屋もそれほどきれいってわけじゃないですよ」
さくらは慌てて答え、彼女を安心させるようにほほ笑んだ。綾乃は文字を打つ。
『顔をなくした日のこと、聞きたいんですよね』
抑揚のない音声にさくらは頷く。
『原因については思い当たるものがありません。顔をなくしたのは、一週間くらい前だと思います。
朝起きて、顔を洗おうとした時に気づきました』
「それは、驚いたでしょうね」
とくに意識せず発した相づちに、綾乃のキーボードをたたく音が大きくなった気がした。
表情のない横顔から少し怒ったような空気を感じる。
『ええ、とても驚きました。すぐに鑑定局に連絡しました』
「鑑定局の資料によれば、顔を失った前日は特におかしな行動はしていないとありますね」
さくらはパソコンからスマホに転送した資料を見ながら問いかける。
資料に書かれている情報は少ない。しかし、黒髪以外に被害者の共通点は本当にないのだろうか。
「前日の行動を覚えていますか?」
さくらの問いかけに綾乃は頷く。
『顔を失う前の日は、仕事が休みの日だったので、美容室に行きました。
その後、少し買い物をして、電車で帰ってきました。
家に帰ったのは六時ごろで、あとは普段通りに寝ただけです』
綾乃の言葉が本当か、何もない顔からはうかがえない。
さくらは「美容室の名前は?」と問いかける。
綾乃の指がキーボードの上でさまよう。上手く音声にできないと思ったのか、首を振ってバッグを指さした。
『バッグの中に美容室の名前が書いてあるものがあります』
そう言って、綾乃は机のそばに置いてあるバッグをあさり、小さなカードのようなものを取り出す。
カードをさくらに手渡すと、再び椅子に座りなおした。
『美容室の割引券です。お得意様ということでもらいました』
「念のために聞きますが、この美容室には何度も行ってますよね?」
キーボードを打つ指が、少しとまどったように止まる。
『そのはずです』
曖昧な言葉に、さくらは自身の黒髪を右手でなでる。
「行きつけの美容室なんですよね?」
さくらの問いかけに、綾乃のキーボードを打つ指が完全に止まった。
「どうされましたか?」
『記憶がありません』
綾乃の指がゆっくりと動く。
『おかしい。何度も行ってるはずなのに』
パソコンから流れる抑揚のない音声に対して、綾乃の横顔からひどく戸惑っている空気が伝わってくる。
「綾乃さん、落ち着いてください。……そうだ、別の話をしましょう」
さくらは床に落ちているデザインの本を手に取った。
「これ、お仕事の本ですか? デザイナーをされてるんですね」
綾乃はさくらの方を向き、頷いた。
目がないので視線がどこを向いているか分からないが、なんとなくデザインの本を見ているように思う。
「目がないのに、見えてるんですね」
不意に出た呟きに、綾乃も首を傾げた。
『そういえば、そうですね。母が持ってきてくれる食事も食べれるんです』
「顔は見えなくなっているだけで、実は消えてないとか?」
綾乃は首を振って右手で顔をなでる。
そして、さくらを手招きした。同じように触ってみろということらしい。
さくらは「失礼します」と言って、綾乃の顔をなでる。
手に引っかかる感触はない。ゆで卵の白身をなでているようだ。
さくらが離れると綾乃は再び自分の手で顔をなでた。
『顔はやっぱりなくなっていると思います』
「そのようですね。でも、目も見えるし、食事もできると」
さくらも首を傾げた。
神格事件に奇妙なことはつきものだと研修でも教わったが、物理的に目が消えているのに見えるというのは納得がいかない。
鼻も口もないなら、呼吸はどうしているのだろうか。
『他に何か聞きたいことはありますか?』
綾乃の問いかけに、さくらは首を振る。
「ありがとうございます。
あっ、この美容室の割引券、預からせてもらってもいいですか?」
『もちろんです。でも、何も出ないと思いますよ』
綾乃は落ち着きを取り戻したのか、キーボードをたたく指に迷いがなかった。
さくらは綾乃の言葉に頷く。
「この美容室の方が何か覚えているかもしれません。
綾乃さんの顔を取り戻すため、どんな小さなヒントでも重要だと思います」
『よろしくおねがいします』
頭を下げる綾乃に、さくらは右手を差し出す。
「必ず顔を取り戻します。だから、安心してください」
さくらの言葉に、綾乃は差し出された手を強く握り返した。
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