第3話 被害者の家で
「目的地だ」
天野は、一軒家の前でバイクを止めた。
どこにでもありそうな家で、とても神格事件に巻き込まれるようには見えない。
さくらが家を見上げていると、窓からのぞく人影が見えた。
人影はさくらの視線に気づくと、さっとカーテンを閉める。
「新人、行くぞ」
天野はそう言ってインターホンを鳴らす。しばらくして、疲れた顔の女性が扉を開けて出てきた。
天野の顔を見て、目を丸くする。
「どちらさまですか?」
「神格鑑定局から来た鑑定士の天野と申します。お嬢さんの事件について、聞かせていただけませんか?」
天野は懐から鑑定士免許と名刺を取り出し、女性へと手渡した。
名刺を受け取った女性は天野の風貌に戸惑いながらも、すがるような顔で名刺を見つめる。
さくらもカバンから名刺を取り出し、女性へと手渡した。
「調査課の春日井さくら、と申します。お話、聞かせていただけませんか?」
女性はさくらの方を見ると、ほっと息を吐いた。
「……玄関で立ち話もなんですので、中へどうぞ」
女性に促されるまま、天野とさくらは家の中へ招かれ、リビングへと通される。
ソファーに座る二人にコップに入ったお茶が手渡された。
「どうも、ありがとうございます」
さくらが礼を言うと、女性は優し気にほほ笑んだ。
「早速ですが、お母様の方からお嬢さんの事件について聞かせてください。
後でお嬢さんからも話を聞きたいのですが、ご在宅ですか?」
(ちょっと、先輩。いきなり失礼ですよ)
前のめりに話を切り出した天野の脇腹を、さくらが小突く。しかし、天野は気にせず女性を見つめる。
女性は天野から視線をそらし、「娘なら二階に」と答えた。
「ではまず、お嬢さんが顔を失ったのは、いつのことか教えてもらえますか?」
「……詳しくは分かりません。気づいた時には、娘の顔が思い出せなくなっていました」
「いつか、分からない?」
さくらの問いかけに、女性は頷く。
「ええ、娘の顔がどうしても思い出せないの。だから、いつから顔がなかったのか、それすら思い出せなくて……」
さくらはカバンからノートを取り出すと、女性を見つめながらペンを走らせる。
天野はため息をついた。
「資料に書いてあった存在の希薄化ってやつだ。この手の事件ではまれにある。
被害にあった場所、時間が分からないせいで、カミサマの特定が遅れて大事に至ることも少なくない」
天野の言葉に、さくらは息をのんだ。
ノートに書き記す手が止まる。
うなだれる女性に、天野はさらに問いかけた。
「では、娘さんなら分かりますかね。娘さんから話を聞けますか?」
「……娘は、顔を失ってから人と会うことを嫌がっていて。
親である私でさえ、ほとんど顔を合わせてくれません」
「気持ちはお察しします。けれど、俺も第二、第三の被害は防がないといけない。
ダメでもともと、声をかけてもらえませんか?」
天野の言葉に、女性は「少しお待ちください」と頷いた。
リビングを出て、階段を上がる音が聞こえる。
さくらはコップを握りながら、突然自分の顔を失った女性のことを考える。
自分が顔を失ったとすれば、どうするだろうか。そんなことを考えながら左手で自分の顔を撫でる。
その姿に、天野は再びため息をついた。
「あんま、感情移入すんな。鑑定士は冷静に、神格事件の本質を見極めろ。
顔を奪われたのか、奪ってほしいと願ったのか。それだけで事件の本質が大きく変わる」
「奪ってほしいと、願った?」
さくらの問い返しに、天野は頷いた。
「可能性の一つだ。世の中には、自分の顔に満足してない奴なんて五万といる。
それこそ、顔を失ってでも、自分の顔を捨てたいって奴がな」
絶句するさくらと視線を合わせることなく、天野はコップを手に取る。
「この事件がそうだとは言ってねぇ。あくまで、可能性の話だ。けど、自分の常識だけを信じるな」
天野はそう言って、コップのお茶と共に苦い表情を飲み込んだ。
階段を下りてくる足音が聞こえ、さくらは表情を戻そうと意識する。
「女性の鑑定士さんとなら、話してもいいと言ってます。……どうかしましたか?」
女性はぎこちない笑顔を浮かべるさくらに、怪訝な顔で問いかけた。
さくらは「なんでもありません」と首を振り、表情を引き締める。
「わかりました。先輩、いいですよね?」
「もちろんだ。けど、さっき言ったこと、忘れんなよ」
天野の警告に頷き、さくらは女性と共に二階へと向かった。
重苦しい空気が漂っているのか、胸が締め付けられそうになるくらいに苦しい。
女性が部屋の前で立ち止まり、ノックする。
「綾乃、連れて来たわ。開けてくれる?」
返事はない。だが、そのまま扉が開かれた。中から出てきたのは、目も鼻も口もない人間だった。
その姿に、さくらは思わず息をのむ。
事前資料で読んでいたとはいえ、実際に目の当たりにすれば、あるべき場所にあるべきパーツがない。それだけで人間は不安になるのだと知った。
綾乃と呼ばれた女性は、仕草だけで母親を追い返すと、さくらを自分の部屋へと手招きする。
さくらは綾乃の後に続いて、部屋の中へと足を踏み入れた。
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