33. 崩壊した教会と別れ

 教会に群衆が押し寄せた翌日。

 リコリスは銀髪を結んで布の中に厳重に隠し、マスクをしてフードを被り、ヴォルクとともに壊れた教会の中にいた。ヴォルクに無理を言って一日出立を伸ばしてもらったのだ。

 教会の門は内側に倒れたまま放置されていた。

 瓦礫の上に白い布が散らばっている。修道服の衣の切れ端か、巡礼者が持ち込んだものかわからない。石段を跨いで中庭に入ると、柱廊の柱が何本か倒れて通路を塞いでいた。

 崩れた石材の間に修道服の背中が見えた。


 ベルナルドだった。座り込んで写本の頁を拾い集めている。泥で汚れたものを一枚ずつ、膝の上に重ねていた。額に擦り傷がある。


「ベルナルドさん」

「……リリスさん……」


 徹底的に顔を覆っているが声で気づいたらしい。立ち上がりかけたベルナルドを制して、リコリスは横にしゃがむ。ヴォルクは少し離れたところで見張りをしていた。


「座っていてください、お怪我をされています。辛くはないですか」

「……リリスさんにお怪我は」

「僕は大丈夫です」


 拾い集めた紙に目を落とした。泥の下に銀の髪の聖人の顔がかすかに覗いている。聖エレーナの頁だった。


「……マルコという人が仕込みを行っていたことを聞きました」


 ベルナルドが作業の手を止めて、膝の上で手を揃え、頭を下げた。


「本当に、申し訳ありませんでした。マルコという男が、ルカ修道士たちを誘導し、奇跡を捏造した。私は見抜けなかった。あなたの鑑定を聖性の証左として書面にまとめたのも私です」

「何も知らなかったのでしょう。貴方のせいではありません」

「記録を上に提出した担当者として、責任があります。あなたは、噂され、騒がれ、必要のない審理を受けることになられたのです。なんと謝ったらよいのか……」


 深く頭を下げ続けるベルナルドに返す言葉が見つからない。


「ルカ修道士は、昨日、ここで……亡くなりました」


 崩壊した教会を見回す。門の中に群衆が押し入って雪崩のようになり、死人と怪我人が多く出たそうだ。古い建物は群衆を受け止めきれずにところどころが崩れて、壁に飾られていた聖人の絵画が床に落ちていた。鐘楼は打ち壊されたようになっていて、聖具は押し潰されたか踏まれたかして原型を留めていない。

 以前のような、重厚で静謐な教会の印象はどこにもなかった。


 これは、自分の体質らしきもののせいなのか、それともたまたまか、わからない。ルカ修道士とは直接話をしたこともないのだ。詐欺を働きリコリスを聖人に仕立てようとしたマルコは、レオーネとダリアによって粛清されたとだけヴォルクから聞いている。


 リコリスはフードを被り直し、立ち上がった。


「謝罪を受け入れますから、顔をあげてください。お別れを言いにきたんです。僕はこの街を出ます」

「……どちらへ」

「まだわかりません。けれど、ここにはいられないので」


 顔を上げたベルナルドは座ったまま、手元の頁を押さえた。


「リリスさん。以前お訊ねになりましたね。祝福の力が要らないと思った人はいたのかと。……欲しくないお力に、心当たりがあるのですか」


 リコリスの足が止まった。


「答えなくて構いません。ただ、お伝えしたいのです。

 聖エレーナは、神から力を授けられ、人々を祝福した。その偉業は言い伝わるばかりで、現実がどうだったかはわかりません。

 リリスさん。あなたは今回、人の愚かな企みのせいで聖人に仕立てられようとした。まごうことなき被害者です。それだけは事実として申し上げます。あなたのせいではありません」

「……ありがとうございます。ベルナルドさん。お元気で」


 リコリスはベルナルドに頭を下げ、崩れた石を跨いで中庭を出た。

 壁に凭れて待っていたヴォルクと合流する。


「終わったか」

「……うん」


 通りを歩いた。白い衣の群衆はもういない。踏まれた布が石畳のあちこちに貼りついている。


 街の門に着くと馬を二頭連れたダリオが立っていた。門柱に肩を預けて、こちらを見ている。

 ひらひらと手を振られた。


「見送りだよぉ。馬はレオーネからの餞別、っていうか迷惑料? 返さなくていいから」

「ありがとうございます、ダリオさん」


 リコリスに礼を言われたダリオは嘆息した。


「リリスちゃんの綺麗なお顔もだけど、俺的にはヴォルクの仕事の腕がマジで惜しいなぁ」

「ドン・レオーネには、お前がいれば十分だろう」

「有能な家族はどれだけいてもいいんだって。まあでも、ヴォルクはレオーネより選ぶものがあるから、仕方ないよねぇ」


 そうヴォルクとリコリスの方を見てダリオが言うので、リコリスは恥ずかしげに目を伏せた。ヴォルクは動じず無反応だ。

 「マルコの馬鹿がやらかしたおかげでほーんと迷惑」と言いながらダリオが伸びをして、その動作のまま馬の手綱をヴォルクに手渡した。


「もう行く」

「はいはい。じゃあね、二人とも。元気でやりなよぉ」

「お世話になりました」


 ヴォルクが軽く顎を引いて歩き出すのに合わせて門番が道を空けた。二人と二頭で門をくぐる。


 振り返ると、教会の鐘楼が半分崩れたまま白い壁の街に立っていた。あの中庭でベルナルドは、まだ頁を拾っているだろう。

 最後に目があった、兄はどうなっただろう……。


 考えても仕方がないとリコリスは頭を振って前を向いた。ヴォルクの背中が少し先にある。


「次はどこに行くの?」

「教会とはしばらく距離を置いた方がいい。東に向かうぞ」

「今度はどんな国かなあ」


 そう言い合いながら、陽の国を背に、馬に乗って駆け出した。

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【第三章完結】傾国銀花と黒狼王子の焦土紀行 藤ノ木彩 @fujinokiaya

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