25. 弟を見殺しにした罪

 父と母。家を支えていた二人が同時に崩れ、ローワンは十八で当主代理になった。この国では異例の若さであるが、成人ぎりぎりといったところだったため、重荷を背負うことになった。

 慣れないまま、家と領地の管理、そして議会への参加。多忙を極め、もう自分しかこの家をまともに動かせる者がいない、というプレッシャーもある。弟を関わらせるという考えはなかった。

 食事をおろそかにしていたら体重も減った。どんどん精神がささくれて、削れてくるのがわかる。

 暗い中でも仕事を続けていたので目が悪くなった。眼鏡をつけはじめたのもこの頃だ。


 母が倒れたその月のうちに、蝋燭も持たずに弟の離れに入った。耳鳴りがしている。


「お前のせいだ」


 声が震えているのは自分でも分かった。


「お前がいるから家が傾いた。お前が関わった者は皆破滅する」


 リコリスは黙っていた。反論も弁解もしない。

 手が弟の首に伸びた。指が喉に触れた。


 リコリスは抵抗しなかった。月明かりに透ける銀の髪。何も拒まない瞳でこちらを見ていた。


 手を離した。廊下に出て壁に背をつけたまま、しばらく動けなかった。


 それから何度も離れに通った。罵り、殴り、壁に押しつけ、首に手をかけた。毎回手を離した。

 殺せなかった。

 自分を兄として慕う瞳が、幼い頃から変わっていなかったから。


 そして、ここまでしても自分の身に何事も起こっていないことが不気味だった。

 父と母は影響を受けたにも関わらず、兄である自分に実質的な被害がない。何故なのだ。


---


 凶作が続き、疫病が領地を越えて広がり、民の暴動が相次いだ。隣国との争いが戦に発展し、第一王子が敵国に討ち取られた。王は苛立ち、王妃は泣き暮らしている。

 第二王子のヴォルクが王太子になるだろうと思われた。元騎士団長の教育係仕込みで、剣の腕がいいらしく、次の旗頭として遜色がない。議会で取り扱うため文官と武官が準備を進めているところだった。


 そして同時期、リコリスが十八の年の議会。


 エルダーウッド家の当主代理として出席していたローワンの前で、ガレット卿が立ち上がった。息子を亡くし、屋敷が火事になった男だった。


「この化け物のせいでうちの息子は死んだ!」


 ガレット卿がリコリスの銀の髪を掴んで引き倒した。護衛の制止より先に拳が入った。ローワンは席を立たなかった。止めて、議会にいられなくなったらと思うと恐ろしかったのだ。父から受け継いだものを途切れさせるわけにはいかない。

 翌月、ガレット卿は領地の土砂崩れで死んだ。リコリスに手を上げた者がまた破滅していった。

 

 議会はリコリスの処刑を決議した。火刑。不幸を振り撒く不吉な存在は焼くべきだという声に、反対する者は一人もいなかった。


 ローワンも何も言わなかった。


 反対する言葉を持てなかった。記録した名前の数を知っている。


 可愛がっていた弟を切り捨て、国を守ることを選んだのだ。

 貴族として、後継として、当主代理として、この席に座っている。

 幼い頃に父が教えてくれた通り、怒っているのではなく、国を守らねばならないと思ったから。


 ローワンは、弟を見殺しにした罪を、一生背負っていくことになるのだ。


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 処刑の朝、リコリスは何者かに連れ去られていなくなっていた。

 リコリスの移送を担当した平民出身の兵たちは怪我はあるものの、殺されてはいない。

 ヴォルクも王城から消えており、二人で出奔したのだろうと結論づけられた。

 鴉の国はリコリスを処刑しようとしたせいで、王太子となれる第二王子を失った。


 ローワンは報告を聞いて、深い息を吐いた。椅子にかかる体重が重くなったような感覚。


 弟は死なずに済んだ。

 それが良かったのか、悪かったのか、わからない。

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