第34話 まだ信じたくない

 一定時間が経過したのち、あかねは多少なりとも回復したらしく、顔を上げた。


「ふぅーーーーっ……はぁーーーー……」


「よう、生き返ったか」


「ヒロくん……」


 茜は険しい目つきで俺をにらんでくる。


 その顔はほんのり赤く、怒っているように見える。


「正直、まだ信じられません」


「そうか。この期に及んで?」


「ええ。この期に及んで!」


 そこに「失礼しまーす」と注文した商品を持ってきた田崎さんが入ってくる。


「げっ。修羅場ってる!? ……とりま、ご注文のレアチーズケーキ置いてきますね~。ごゆっくり~」


「……」


 目の前に置かれたレアチーズケーキをガン見する茜。


 口にこそ出さないが、先ほど茜がメニューを見て秘かに食べたがっていたのである。


 心の声を聞いた俺が、彼女のダウン中にこっそり注文したのだ。


「これでもまだ?」


「まだです。これくらい、視線や雰囲気で察せられる可能性があります」


 なるほど。どうやら、まだ信じてもらうための努力が必要らしい。


「じゃあ、心に何か言葉を浮かべてみてくれ」


「分かりました……」


 俺は茜の心の声を聞き取る。


 なるほど、今朝の朝食か。


「今朝は白ご飯に焼鮭、ゆで卵と、塩分控えめのお味噌汁か……。健康的でいいと思う」


「な……ん……でっ!? ……いや、まあ? そんなの、私が放つ雰囲気から分かりますよね、そうですよね!?」


「いや、無理だろ。さすがに今日の茜の雰囲気から朝食が和食だったなんて想像もつかないぞ?」


「ぐぬぬぬ……。じゃあ、次です。私が今何考えてるか当ててみてください!」


「料理レパートリーを増やそうと練習しているんだな。あとは、近々スイーツ作りをしようと計画しているのか。……お、俺のために……」


「はにゃあっ!? うっ、うそ、でしょ……」


 茜の顔が青ざめていく。


「えっ、待ってください。これって私がとんでもないこと考えてたのも筒抜けだったりするんですか?」


「……」


 それはそうなんだけど、それを言葉にするのはさすがにためらわれる。


 なにせ、こんな真っ昼間に公共の場で話していいようなことじゃないからなぁ……。


「ヒロくん、どうなんですか……? 私、あなたの前だとデフォルトで精神的露出狂になってしまうってことになるんですか?」


「え。この場で話していいの?」


「だって、信じられないんですもん……」


「そ、その……俺と〇〇——」


「ああああああっ!? ストップ、ストップ! やっぱりだめっ!」


「んが!?」


 茜が両手で俺の口を塞ぐ。


「信じられません。いえ、信じたくありません!」


「おひふけ、あはね(落ち着け、茜)!」


 茜は呼吸を整えながら俺の口元から手を外す。


「まだ信じられないのか。だったら茜が何をどう考えているのか口にしてみようか?」


「ヒロくんのドS! 意地悪! そうじゃなくて、現実が受け入れられないって意味です!!」


 茜がぐしゃぐしゃに泣き出しそうな顔で声を荒げる。当たり前だがこの子のこんな表情は見たこともない。


 恐らく誰も見たことがないであろう程の狼狽っぷりである。


「はぁ、はぁ……。ちょっと落ち着かせてください……」


 茜はグラスの水をごく、ごくと一気に飲み干した。


「——ぷはぁっ」


 それから、勢いよく息を吐く。まるでずっと水中にもぐっていた人が、水面から顔を出して息継ぎするみたいに。


「……ヒロくん」


「なんだい」


「私がとんでもない想像をしていたことまで筒抜けだったというのは、千歩譲ってよしとして——」


 消え入りそうな声で茜は続ける。


「私の気持ちはとっくに知られている、ということですよね?」


「ああ」


 俺の回答に、少女は下くちびるを噛む。


「どういう魂胆で『ニセ恋人』をお願いしたのかも?」


「無論」


「最初から?」


「……ごめん。知ってた」


「なんということでしょう……」


 茜は両手で自らの顔を覆う。


 いかにもな建前で始まった『ニセ恋人計画』の真の目的が、初めから見抜かれていたことに対しての羞恥。


 見抜かれていたとはいえ、好きな人に対してずっと嘘を吐き続けていたという罪悪感。


 募らせてきた恋心がすべて相手に筒抜けだったという衝撃。


 それらがないまぜになり、今や彼女の精神は押しつぶされそうになっていた。


「ヒロくん。……今まで本当にごめんなさい」


「俺の方こそゴメン。ずっと言い出せなくて」


「いえ、そんな。あなたが言い出せないのは当然のことです。他に例があるかも分からないような、極めて特殊な事情なのですから。打ち明けるのにも慎重になっていたことでしょう。私、すっごく迷惑な女でしたよね……。迷惑料は後日お振込み——」


「待て」


 立ち上がろうとする彼女の肩を押さえつける。


「本当に伝えたいことってここからだから」


「え……。私みたいな変態女となんて、一秒たりとも顔を合わせたくないのでは?」


「ばか。そんなわけないだろ」


「嫌、じゃ……ないんですか?」


「なわけあるか」


 俺は語調を強める。


「もう一つ、俺の告白を聞いて欲しい」


 まっすぐに想い人の目を見つめる。


 本番はここからだ。




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