第33話 カミングアウト

 俺のバイト先は、知る人ぞ知るカフェである。


 あまり人目につかない場所にあり、価格は少しお高めだがその分味もいい。


 ネット上には最低限の情報しか公開していない。


 引き戸で仕切られた個室もあるため、密会には最適だ。


 要するに、今日のデートの終着点としてこれ以上ないくらい相応しい場所と言える。


「いらっしゃいませ——あ、ヒロくんじゃーん♪」


 入口の扉を開くと、同僚の田崎さん——髪をほんのりと明るく染めた女子大生だ——に出迎えられる。


 彼女は俺を見るなり、キスしてきそうな、もしくは懐にナイフを忍ばせていたら心臓に突き刺せそうな距離にまで、ぐっと詰め寄ってくる。


「お疲れ様です、田崎さん。個室いいですか?」


「もちろん。二名様ってことでOK?」


 田崎さんが笑顔で見つめる先には、じとっとした目つきのあかねが。


(この方……なんか距離近くありません? しかも美人さんですし)


 そんな心の声を聞き取り、俺は茜の手を握り、言う。


「二名です。言い換えると二人っきりです」


「……っ!」


 茜は途端に顔を赤らめ、うつむいた。


「おっ。ヒロくんにもついに春かあ」


「どうですかね」


「ふふっ、とりあえずご案内しますねっ」


 田崎さんは人好きのする笑顔で俺と茜を一瞥し、俺たちを先導した。



 ◇



 個室席は堀座卓となっている。


 広めの空間の中心にテーブルがあり、その下に足を降ろすスペースがある。

 俺自身もお気に入りの、くつろげる空間だ。


「失礼いたします」


 扉をノックする音に続いて個室に入ってきたのは田崎さん。


 先ほど注文したコーヒーを持ってきてくれたらしい。


「ごゆっくりどうぞ。……がんばれっ」


 彼女は二人分のコーヒーを机に置くと、僅かにさびしそうな顔で扉を閉めた。


 俺と茜、二人っきりの個室に、コーヒーの香りが満ちていく。


 小さく聞こえる足音が完全に聞こえなくなったのを合図に、口を開いた。


「今の人はただのバイトの同僚。それ以上でも以下でもないよ、俺にとっては」


「そう、ですか」


 茜は俺を不思議そうに見つめる。


 安心していいのか、不安なままでいたいのか、決めかねる様子で。


(ヒロくんにとってはそうなんでしょうね。あちらの方にとっては、そうでもなさそうでしたけれど……ん?)


 彼女は何かに気付いたかのようにハッとした表情を浮かべた。


「わざわざ『ヒロくんにとっては』と言うあたり……あなたはあの方の気持ちに気付いているんじゃないですか?」


 それでもって、と茜は目を見開く。


「私を安心させるかのように、あなたはあの方の……田崎さんの存在を、『ただのバイトの同僚』と言いきりました。いえ、そもそも——」


 茜はぶつぶつと口にし始める。彼女の中で点と点が繋がっていく。


「いったん冷静になって考えてみると、あなたは私と出会ったときから、いやに落ち着いていましたよね。


 人付き合いが少ないはずなのに、まるで観察力の化身であるかのように、私の求めていることはなんでも分かっているみたいでしたし、ピンチの時も何度も助けてくれました。


 ケンカなんて絶対に強くないはずなのに、まるで相手の動きを読んでいるような立ち回りを披露したりもしていましたよね。


 なにより、それほど付き合いがないはずの私の心情を、いともたやすく察していた。最初は異様に人を見る目があるのだとくらいに考えていましたが……。


 なんというか、レベルは上がっていないのに、武器だけはクリア後でなければ入手できないものを持っているかのような、この違和感アンバランスさは……一体、なんでしょう?」


 俺は戦慄した。


 そうだ、仮にも相手は学年トップクラスの才女。


 幼少からあらゆる習い事をし、たゆまぬ努力を積み上げ、周囲の顔色をうかがってきた、ハイスペックを絵に描いたような超人。


 恋愛が絡むと愛らしい天然さと健気さを発揮するばかりでどうもその印象が薄れがちだったが、世間からすれば『天才』と称されても差支えないほどの逸材である。


 俺がこれだけヒントを与えれば、自ら答えに近づくというのも本来ならば当然なのだろう。


「ヒロくん、もしかしてあなたは——」


 俺はごくりと息をのむ。


「私の生き別れた兄弟、なのですか!?」


「ハーーーっ……。ちがう」


 俺はこめかみを押さえて深くため息をついた。


「だって、私の事情をいろいろと知っている感じで守ってくれるし、それなのに、そ、その……大事な線は越えないようにしているっていうか、そんな距離感を感じることがありますし……。だったらもしかして『実は身内でした』のパターンなのかな、と」 


 言われてみれば、その結論も不自然ではないのかもしれない。


 というか、俺が今から伝えようとしている答えこそ、あまりに超常的過ぎて想像の範疇に無いはずだ。答えられない方がむしろ自然といえる。


「茜。落ち着いて聞いて欲しい」


「は、はい」


 俺はいよいよ真剣な声で言う。それを受け、茜もたたずまいを正し、俺をじっと見つめている。


「今から……とんでもないことを告白する。たぶん、にわかには信じられないと思うような非科学的な話だ」


「は、はい……」


「今まで他言したことは無い。家族にも言ったことは無い」


「は、はい……!? 重大すぎません……!? とりあえず、承知しましたけど」


 俺は茜の準備を確認し、ふぅーっと深呼吸をして目を閉じる。


 この告白はある意味、彼女への最大限の信頼の証でもある。


 信頼しているからこそ、伝えなければならない。


 俺は目を見開き、茜をまっすぐに見つめた。


「俺、実はテレパシーが使えるんだ」


「………………………………ふぇ?」


 茜は目をぱちくりさせ、まぬけな声を出す。


(いや……っ。さすがに何かの冗談、ですよね? そんな非科学的な話、にわかには……)


「ほら。だから言っただろ」


(えっ!? 今、口に出て……ないですよね?)


「口に出さなくても聞こえてきちゃうんだ」


(だって……だってだってだって! そうだとしたら、今まで私の考えてたこと、ぜんぶ伝わっちゃってたってことじゃないですか……!?)


「そうだよ。……ぜんぶ筒抜けだった」


「…………………………こひゅっ」


 茜はガタンと音を立てて机に突っ伏した。無理もない。しばらく待ってあげよう。




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