第24話 君に打ち明けたい

 傾いてきた陽射しに照らされながら、グラウンドの隅でダッシュを繰り返している。

 当たり前だが、帰宅部の俺にここまでの鍛錬は本来必要ない。


「はあっ、はぁっ……」


 膝に手を突き呼吸を整え、流れる汗を肩口でぬぐう。

 と、不意に、ひんやりとした何かが頬に触れてきた。


「ヒロくん、お疲れ様です。水分補給しましょう」


 隣を向けば、あかねからドリンクが差し出されていた。


 赤いジャージに身を包んだ彼女は、いつもはストレートの赤い髪をポニーテールにしている。


「ああ……。ありがとう」


 俺は彼女からドリンクを受け取り、こぼすのも気にせず喉に流し込んだ。

 いつの間にか相当量の汗をかいていたらしい。


「ぷはっ……。生き返った」

「頑張りましたね」

「少しは速くなった?」

「だいぶ変わりましたよ。ほら」


 茜がストップウォッチを差し出す。


「フォームを変えるだけでこんなに変わるものなんだな」

「他のメンバーと比べれば月とスッポンですけどね」

「厳しいな」

「私、月よりもスッポンが好きなんです」


 好みの話はしてないだろ。


「それから、スッポンって意外と足速いらしいですよ」

「そうなの?」

「はい。なので、今日の印象をくつがえす例えとしてはピッタリです!」


 茜はそう笑って俺を励ました。

 対して俺は苦笑で返す。


「まあ、期待外れどころじゃなかっただろうからな。俺の足の遅さは」


 この本来不要な鍛錬が必要となった原因。

 それは、昼間の体育でのこと。

 組対抗リレーのメンバーでテストランをした結果、俺の鈍足ぶりが明らかとなり、


『これじゃあリーダーとして皆を引っ張るどころか、足引っ張るだけじゃないの!!』


 と、早川にブチギレられたことに起因する。


『私たちA組は運動部のエース級が揃っているとはいえ、陸上部は私一人。対してB組は陸上部が五人もいるのよ!? あなたがこんな鈍足じゃ勝負にすらならないわ!!』


 これじゃあボロ負けしたあげく、私が早織に一生妹呼ばわりされちゃう! いやああぁぁっ!!


 ……などなど、ヒステリックに泣き喚かれた。


「自分でその鈍足を推薦しておきながら理不尽だよな、アイツ」

「それについては、私からも本当にごめんなさい」

「いや、謝る必要はない」


 俺はもう一度ドリンクを飲み込み息を吐く。


「最終的に引き受けたのは、俺自身がやりたいと思ったからだし」

「そうかもしれませんが……。本当に良かったんですか?」


 茜が不思議に思うのも無理はない。

 早い段階で辞退を申し出れば間に合わないこともなかったからだ。


 それでも俺は。


「言っただろ、自分の口で。『頼むからやらせてくれ。絶対勝たせてやるから』って」


 早川に頭を下げ、走り方の指導までお願いした。

 無論、メンバー全員が驚いていた。


 任せられる前はあんなにごねていたのに、と。


「二言はない。こうなった以上やるしかないだろ」

「どうしてそこまで? 勝ち目の薄い勝負な気もしますが」

「……どうしてだろうな」


 今になって俺自身も疑問に思う。

 深く考えてはいなかった。


 こんな面倒なことに頭をつっこむなんてどうかしてる。

 助けるどころか大いに困らせている。


 ことなかれ主義者としてあるまじき行為。

 今までの俺ならありえない話だ。


 ただ答えなんてもう明確で。

 それを口にするのも容易いことだった。


「……かっこいいと思って欲しかったからだろうな、茜に」

「——え?」


 くつくつと笑いが込み上げてくる。


 あらゆる面倒ごとを乗り越えてでも、こんなくだらないことに尽力したいと思えてしまう、自分自身に。


「茜に気に入られたいし、好かれたい。一緒にいい思い出が作りたい」

「ふぇ?」

「後夜祭で一緒に踊りたいし、ご褒美のデートもしたい」

「ちょっ、たんま、です」


 茜は自らの頬に手を当てる。顔を冷やそうとしているのだろう。


「ヒロくん。今一度、私たちの関係を思い出しましょう。私とあなたはあくまでも『ニセ恋人』。私からあなたにお願いして、男避けとして彼氏役を演じてもらっているという状況です」


 茜は冷静に続ける。


「今この会話は誰にも聞かれていません。グラウンドで活動する部活動生たちは、私たちを見向きもしていません。それなのに——」


 茜は頬に手を当てたまま、熱っぽい視線を寄越してくる。


「どうしてそんな、甘い言葉を?」

「彼氏だからかな」

「彼氏“役”、でしょう?」

「役が取れたらいいと思ってる」

「え、待って」


 茜は顔を赤く染め上げ、行き場のない視線を地面に突き刺した。


(えっ、これ実質告白では?)

(夢? 夢ですか? 夢なんですか?? 夢に違いありません!)

(私が夢を見ているか、もしくはヒロくんが熱でも出したのか——ええ、確かめてみましょう)


 彼女は垂れ下がる前髪を上げておでこを出すと、そのまま俺のおでこにぴたっとくっつけた。


「何してるんだ」

「ヒロくんが熱でもあるのかと」

「無い」

「では、私が夢でも見ていると」

「寝言は寝て言え」

「ひゃわあ」


 俺は茜の肩を両手で押し、距離をとる。


「ヒ、ヒロくん? さっきの言葉の意味って、」

「茜」


 彼女の肩を掴み、俺の方を向かせる。


「俺の顔、見て」

「————!」


 茜の潤んだ瞳の中に、顔を真っ赤にしている俺の顔が映った。


(ヒロくんも、私のことが……好き、なんですか?)


 その通りだよ、と、口には出さずに心の中でだけ応える。

 もっとも言葉にせずとも伝わっただろうけど。


 でも、こんなのは卑怯だと思う。

 ずるいと思う。


 相手の気持ちを知らなければ、今みたいに大胆な行動なんてできやしない。

 身体に触れたり、見つめたりなんてできっこない。


 茜はそのことを知らない。

 俺は茜の心の声を全部聞いていて、この子の企ても本心も全て覗き込んでいる。


 最近は俺の気持ちを探っていることだって知っている。


 だから、できればずるしたくなくて。

 手始めに、こうやって俺の気持ちが伝わってしまうような行動に出たのだ。


 究極の後出しじゃんけんも、絶対的アンフェアも。

 本当は、好きになった人との間に望まないから。

 おこがましくも対等でありたいと、そう望んでいるから。


「……茜」

「……はい」


「組対抗リレーで優勝したら——伝えたいことがあるんだ」


 俺はテレパシーのことを打ち明けるつもりだ。

 そうすることで、彼女に嫌われてしまうのだとしても。


 まずは彼女と、対等になるために。




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