第34話 ポーランド侵攻
愛姫はアメリカ、フランス、イギリス、オランダに個別でGOサインを出した。つまり、日独伊三国同盟を天皇の御名のもとで極限まで妨害する。さらに、天皇自らが近衛師団を率いてクーデターを企図することに同意したことを伝えた。どうやってそんな無茶な交渉ができたのか聞かれたが、天皇の権能を証明するための品を返しただけじゃ、と言うだけで、どうやって天皇を駆り立てたのか説明はしなかった。
完成した飛行機は飛ばしまではしないものの、たまにけたたましい音を立てながら工場内をうろちょろしている。飛行場がないので仕方がない。ガソリンではなくエタノールで動く飛行機。金属ほどではないが十分な強度があり、翼面積がやや広いのも特徴だ。遠くで見ているとその美しさがわかる。鬼族が作る圧密厚板は元の木材より色味がやや濃くなっているのが特徴だ。単に加工しただけだと強度が増すだけだが、今回の加工では表面を高温で熱処理して炭化させることにより、湿気による伸び縮みを防いでいる。そのため、機体は真っ黒なのに木目の美しい色合いが出ている。
これに興味を持ったのがアメリカ大使だった。機体のスペックを聞いて、ぜひ飛ばしてみたいと言った。愛姫は試験操縦手を2人寄越してくれたら、好きなだけ飛ばしてよいと言った。それに対してアメリカ大使は10機と交換だ、と強気の交渉を投げかけてきた。愛姫も量産するための仕組み作り、設計変更の訓練も兼ねることから、これを了承した。空母艦載機を予定していたため着艦鉤も付けられた。
1939年6月1日、アメリカ海軍のエンタープライズと給油船が高知港に入港した。よく護衛艦隊を連れずに単独で入港したと愛姫は舌を巻いた。日本はまだレーダー技術について研究の途上であり、実用化まではこぎつけていない。そういう意味では死角だらけではあるが、漁船や航空偵察に見つかればなんだあの船はと言われるだろう。
愛姫はエンタープライズに打電し、試験操縦手を松山に運んだ方が早いと言い、鬼の手を借りながら操縦手を松山まで運んだ。既に10機の生産は終わっており、試験操縦と引き換えに引き渡しも完了する。
試験操縦当日、試験操縦手は10人。全員、これに乗って帰るつもりらしい。200メートルもあれば離陸できるとのことだったので、どうにか200メートルありそうな場所を探して草刈りやら石を除けたり、地面を平面にするなどして綺麗に整えた。その間に、計器類の説明と離着陸の手順が説明された。正午に昼飯を食べ終えると、簡易的な飛行場が出来上がっていた。
無線機はついていなかったので、すべて発光信号に頼るしかなかった。計算上の航続距離は出ているが実飛行では未確認で、エタノールなのでガソリンより短いと愛姫は言った。いよいよエンジンが始動し、ガタガタと駐機場から飛行場まで移動する。所定の位置につくと、ブレーキをかけながら最大回転数になるまでギアを上げていく。最大回転数になると、ブレーキを切り、発進する。猛烈に加速しながら地面を駆っていくが、あっという間に空を飛んだ。歓声が上がった。脚を引き込むと、そのシルエットが美しい。
1人目の試験操縦手は曲芸飛行をやりながら高知港で待っているエンタープライズのほうまで飛んで行った。1機、また1機と空を駆け抜けていった。アメリカ大使はその様子を見てとても満足そうだった。
エンタープライズに戻った頃合いで、愛姫はエンタープライズに打電した。
「この飛行機はどうだ?」
エンタープライズはそれに返答した。
「
鬼族は飛行機の製造に成功した。操縦手はいないものの、それは他国に任せればいい。愛姫はエンタープライズの搭乗員の数だけ火酒を贈った。高知港の備蓄から火酒が放出され、搭乗員らに出回った。
格別にいいものが見られたと思い、愛姫は御所へと帰っていった。
1939年8月5日、エンタープライズが帰還したときのインタビュー記事をアメリカ大使が持ってきてくれた。
鬼族では新型飛行機(愛姫が何度も飛行機と呼ぶようにとアメリカ大使に注文を付けていた)が完成し、そのパイロットを募集していた。アメリカ合衆国海軍はこれに呼応し、エンタープライズを派遣した。鬼族は試験飛行と引き換えに、10機の新型飛行機を譲ってくれた。エンタープライズが帰投中にも訓練飛行を行い、無事全員が生還した。飛行機は主要部以外は木製で、黒い外装が特徴的な美しいシルエットをしている。ビスや溶接を使わず、木だけで作る飛行機は旧時代の飛行機を思わせた。だが、搭乗員曰く、力強いエンジンのおかげで米海軍随一の最高速度を記録した。機動力も良好で全金属製の
黒い飛行機を背景に試験操縦手10人が肩を組んで並んでいる写真と、エンタープライズを遠くから撮った写真が並べられている。様々な角度から黒い飛行機をレンズに収めていた。
愛姫はそれに満足し、「どうじゃ」と鼻高々に自慢した。アメリカ大使は「金属製にすればもっと性能が出るのではないか?」と聞いた。愛姫は「金属はここではよく採れん。必要な部分にだけ金属を使うのじゃ」と言った。アメリカ大使は「あれはとんでもない化け物だよ」と黒い飛行機を褒めた。
アメリカ大使は「まもなくポーランド侵攻が始まるんだけどね、奇妙な動きがあるんだ。8月1日に黒い森に住むエルフ族がドイツに宣戦布告をした。エルフ族について詳しくないのだが愛姫はどう思う?」と愛姫に聞いた。「エルフ族とはさすがに交流がないから妾でもわからんな。じゃが、ポーランド侵攻に水を注すことは間違いないじゃろう」と愛姫は言った。
アメリカ大使は地図を持ってきた。ドイツの地図だ。ドイツに編入されているが、エルフという種族が南西部に広がる森に住んでいる。黒い森を迂回するようにマジノ線が広がっている。ドイツとフランスが敵対すれば、ドイツは黒い森を背後かつ迂回して戦わなければならない。愛姫はマジノ線で膠着状態が続けば、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクを抜けてパリに迫るのではないかと逆に問いかけた。戦場は道路ではないと笑ったが、仮に軽戦車師団があれば、ポーランドを攻めた後にベルギーを抜けてパリまで進軍することは可能だと愛姫は言った。愛姫は地図に書かれている道路を指さしてパリまで続く道を示した。そんな馬鹿なことができるのなら見てみたいとアメリカ大使は言った。実際、スイスが背になるのでパリに向かわずスイス国境まで迫ればとんでもない包囲網が完成する。
愛姫はその足でドイツ大使のもとへ行く。ドイツ大使の顔は陰鬱なものだった。「エルフから宣戦布告を受けるなんて、私はもう国へは帰れません」とこぼしていた。悩みを聞こうと愛姫は椅子に座り、テーブル越しにドイツ大使と話をした。曰く、エルフは不浄の地であり、難攻不落の地でもある。曰く、鬼族と同じように弓による戦術を得意とし、魔術を使役し、戦略級の攻撃によって軍隊を寄せ付けない。曰く、黒い森を攻撃した貴族は一つ残らず暗殺によって没落する。にわかには信じがたいが、よくよく考えると愛姫や鬼族全体も似たようなものだと愛姫は気づいた。「ドイツには帰れないことはなかろう」と愛姫はドイツ大使を
愛姫はオスマン・コーヒー店へ向かい、ミルク・アメリカーノを注文し、店の片隅で思索にふけっていた。アメリカはまもなくポーランド侵攻があるという情報を掴んでいるが、エルフ側の戦力を測りかねているらしい。ドイツ大使の真剣な面持ちを思い出し、ドイツは妙な負け方をするのではないかと考えた。エルフがどのようにドイツとことを構えるのか非常に気になった。
1939年8月15日、日独伊三国同盟論が未だに新聞で
同年8月27日、ノモンハン事件が起きている最中に独ソ不可侵条約が締結され、平沼内閣は「欧州情勢は複雑怪奇」と言葉を残して総辞職をし、同年8月29日に安倍内閣が発足した。ノモンハン事件が起きている裏側で冷や水を浴びせられたという話なので、少なくともしばらくは三国同盟の話はされないだろう。
同年9月1日、ドイツがポーランド侵攻を開始。その翌日の新聞では一面を飾った。アメリカ大使の読みは当たっていた。同年9月3日、ポーランド侵攻を機にイギリスとフランスがドイツに宣戦布告。これにより、第一次世界大戦の反省から生まれた国際連盟は、事実上の機能停止に追い込まれた。平和を守るはずだった連盟が戦争に足を突っ込んでしまったのだから仕方がない。愛姫はジュネーブにいる鬼族の大使に、仕事に励め、とメッセージを送った。
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