第12話 大手海岸事件

 近辺の山々には既に兵が散開していた。森に潜み高所からイ集団を見張っている。ロ集団は開拓が放置されたような高い草が生えた土地を突き進んでいた。ハ集団は砂浜を南下していた。大手海岸を東、を北、新池川を南北の境とすれば、それぞれ別々の袋小路に突き進んでいた。最初に衝突があったのはイ集団だった。

 高所に潜む鬼たちはキ92と10人張りと5人張りの強弓と矢筒、そして50発ばかりの銃弾を持っていた。

 愛姫は号令によって、弓で狙撃するように命じた。10人張りの強弓の弓弦が一斉に絞られ、各々が狙い射ちたい対象に向けて放たれる。イ集団は何が起きたのかわからなかった。鳥の鳴き声と共に、分隊、小隊、中隊、大隊、連隊の指揮官が後ろに吹き飛ばされた。襲撃されたと認識するまえに2矢目が絞られ放たれた。これまで行進していた部隊は総崩れとなり、「全員伏せ!」と誰かが叫んだのを機に、連隊は死んだふりをした。当然、死んだふりをしても鬼族には通用しなかった。獲物を仕留めたかどうかは鬼が一番わかっている。3矢目は死んだふりをした兵隊を射貫いた。

 ここでおおよそ1個中隊分が壊滅した。鬼族は1度に3矢を持ち、3矢を1組として考えて弓を引く。矢筒に指が伸びて三本の矢が引き抜かれる。鳥がさえずるような音がしたと思ったら、同僚が死んでいる。音がか細くて狙撃位置がどこからかわからない。大勢の兵がとりあえず目の前の山を撃ったが、ちゃんと狙っているわけでもないし、高所に照準を合わせているわけでもないので届かない。

 そうこうしている間に矢が命中する。さっきまで撃っていた兵士は矢の衝撃で地面をバウンドした。隣の兵士も矢を受けて絶命した。


 銃声を聞きつけたロ集団は冷静に山を陣地としていると見た。連隊司令は山を側面から攻撃するように大隊司令に下令し、側面から山を目指すことにした。問題はここが背丈ほどもある草で覆われていることだった。

 西から東に向かって新池川が蛇行して流れていて、撫養川と合流する。撫養川はさらに南北に川が分かれていた。鬼たちは撫養川の対岸に陣を張っていた。ロ集団が川沿いを北上し始めたところで鬼たちは襲撃を始めた。新池川の北側だった。草が動いたところに矢が放たれる。当たった感触があるかないかは鬼による。2矢、3矢と立て続けに射つ。矢筒に手を伸ばそうとしたところで、ロ集団が闇雲に鉄砲で撃ってきた。流れ弾に当たるわけにはいかないので、鬼たちはすぐに伏せた。やや斜面になっているため、伏せれば当たらないが、顔を出せば当たるかもしれない距離感だ。距離としては200メートルあるだろうか。矢は銃弾よりも山なりに飛んでいく性質があるため、矢道を計算すれば山なりでも当てられる。少しだけ頭を出して銃火を覗き見ると、斜面に隠れてから矢を射る。当たった感触があるので今度は三本の矢を持つ。


 ハ集団は援軍に向かうかどうするか悩んでいた。砂浜の遠くでイ集団が滅多打ちにされているのを見ると、正面は危険だと判断され、西側にある草むらに隠れた。新池川の南側にハ集団は陣取った。

 もちろん新池川の南側にも斜面で鬼が待機していた。草むらが動いたのを見て鬼たちはキ92を構え盲撃めくらうちした。銃火が鳴り響き、隊列の面が削がれる。当然、ハ集団は反撃した。しかし、斜面に伏せていれば当たらない。

 ロ集団は南側にも鬼がいると勘違いをして、南側にも撃ち始めた。草むらが深いので何があるかわからない。ただ、弾がすっ飛んでいくだけだ。ハ集団はロ集団による攻撃を受けた。運悪く弾が当たる兵がいた。それを見たハ集団は北側にも撃ち始めた。同士討ちの混戦状態である。


 新池川に張り付いた鬼たちの援護によって、イ集団、ロ集団とハ集団をそれぞれ釘付けにした。特に、山の鬼たちはイ集団を木々がある山の斜面から弓で射ち続けていた。射つたびに砂浜が血で染まっていく。逃げ出す兵は熟練者が偏差射ちで仕留めた。

 やがて10人張りの矢が尽きてしまった。イ集団は全滅に近かった。あと500人も残っていない。よく見回すと300人ぐらいだろう。5人張りの強弓だとこの距離は届かないため、キ92に持ち直して残りを掃討した。1クリップだけ使うと、今度は標的をロ集団に向けた。

 ロ集団は北、西、南の三方向から挟撃を受けていた。特に同士討ちが酷かった。面対面での制圧射撃となるため、互いに数を減らしていった。次第にその数も少なくなり、ロ集団から銃声が聞こえることはなくなった。

 ハ集団と対岸の鬼は互いに打ち合っていたが、鬼たちの弾切れのほうが早かった。

 このとき、後備歩兵第11旅団は7割の損失を出していたが、草むらに隠れていては自軍の状況などわかるはずもない。愛姫は暗くなる前に雌雄を決したいと思っていた。もう夕暮れ時になってしまったので、ロ集団とハ集団の相手をしている鬼たちに火矢の準備をしろと命じた。鬼たちは5人張りの弓に持ち替えると、矢に火をつけて一斉に放った。これを何度か繰り返すと、枯れ草に火がつき、たちまち対岸は火炎に包まれた。行く先もわからず炎に包まれる者、砂浜に出て砂で火を消そうとする者、川に飛び降りて流される者、様々だった。

 この火矢によってかろうじて砂浜に逃げ延びた兵士はたったの21人だった。残りは炎に焼かれて死んでいった。捕虜として捕らえたが、13人は大やけどで治療の甲斐なく死んでいった。残ったのはたったの8人だけだった。


 愛姫は大日本帝国に対して書簡を出した。宣戦布告をせず軍事侵攻したことを糾弾すると演習だったと言い逃れをし、「蛮族を滅ぼすつもりだった」と捕虜の証言があると言い返せば、旅団の独断専行だと言い逃れをした。

 死体については冬だったのでまだ放っておいている。愛姫は大日本帝国が言い逃れを繰り返すのが癪に障り、イギリス大使を中心とした調査団を作った。鬼族の地にある各国の大使が調査団に参加した。イギリス、フランス、スペイン、ドイツ帝国、帝政ロシア、オスマン帝国、オーストリア=ハンガリー二重帝国、スウェーデン、アメリカの9カ国が調査団に加わった。調査団の名前はこの当時、派遣されていた駐在武官のラストネームを取ってベーテン=パウエル調査団と名付けられた。なんやかんやあってお祭り騒ぎとなり大使と駐在武官と通詞を合わせると27人の大所帯になってしまった。

 ベーテン=パウエル調査団は1903年12月20日、松山港から現地に向かい、調査が行われた。12連隊(イ集団)で浜辺で死んでいた。22連隊(ロ集団)と43連隊(ハ集団)は炎で焼かれていたが白骨化まではしていなかった。持っている装備からして空砲はなく、実包だった。輜重しちょう中隊も随伴していることがわかった。つまり、仮に演習だとしても長距離行軍を予定している。恐らく、砂浜で陣を作るのは危険と判断して草むらに入ったのだろう。指揮官が全員死亡していたため、それ以上のことはわからなかった。360隻の発動機付きの小舟があり、分隊単位での行動が行われたものと考えられている。大手海岸が選ばれたのもその広さからだったのであろう。

 捕虜に対する尋問も行われた。捕虜は所属部隊と任務の詳細について尋問されたが、作戦名まではわからなかった。ただ、蛮族を四国から討伐する目的だったと証言した。

 これにより、調査団は大日本帝国に対して報告書を提出した。日本側や鬼側の言い分としてではなく、各国が客観的に討議・議論した結果を記した。報告書は鬼族側が有利だった。上陸したのは約8640人、24隻が流され288人が行方不明となった。

 戦後処理としては、鬼族側に被害が出なかったものの、大日本帝国は主権侵害を行っている。愛姫は大日本帝国に対して、ハーグ陸戦条約に基づき、鬼族の威信と主権を汚された代償として一括で10万ポンドの公正な慰謝料Sovereign Indemnityを請求し、さらに5万ポンドの調査費用を請求した。列強の全権大使や最高勲章を持つ大使、伯爵、パシャのサインが並んだ報告書を突きつけられた大日本帝国は、これに屈服し、1098kgの金を賠償金として捻出することとなった。アジアでは銀を慣例としていたが、賠償金が金本位制としていたためポンドが採用され、金での支払いに応じることとなった。愛姫は各国の大使や駐在武官に対し、調査費用とは別に10kgの謝礼を包んだ。

 こうして大手海岸事件は幕を閉じたのである。

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