雨とカメレオン
若葉いろ
Prologue
ー…過去の私へ。自分の趣味嗜好にはある程度、正直でいるべきだと思うよ。
メッセージアプリに表示された同じ大学の友人から送られてきたメッセージに、
そこには十希羽が好きなアイドルグループのライブへの同行を頼む文章と謝罪の言葉が書かれている。
なぜ好きなアイドルグループのライブに誘ってくるのに謝罪が入っているのか。
そこの理由が十希羽の頭を悩ませている原因である。
正確なところは覚えていないが、中学生に上がるか上がらないかのすごく多感な時期だったと思う。
「かっこいいとは思うけど…。興味はない」
小さい頃から坂井家では夕飯とは別にお風呂上がりにリビングに集まって、アイスやジュースを楽しみながら
十希羽が悩む原因の根本が形成されたきっかけは、まさしくその団欒の最中だった。
姉の一言に十希羽は耳を疑った。
流行りの大人気俳優が主演を務めるドラマを観ながら、母が俳優について姉に意見を求めたところ、返ってきたのがあの一言。
周りの女子たちは軒並み同じような俳優やアイドルの話題で盛り上がっていたし、いわゆるイケメンという存在に誰もが憧れるものだと思っていた。
かく言う十希羽自身も面食いという性で、顔の整った男性俳優やアイドルが好きだし、流行りにも弱い。
それに加えて、当時の十希羽は周りの話題についていかないと人間関係が上手く構築できないという先入観のために、友人はもちろん、家族にさえ自分の好みを偽って意見を述べることが多々あった。
顔の好みが違くても、みんなの好みに同調して褒める言葉を口にするし、流行りものには興味がないものまでひと通り目を通した。
周りに合わせてちょっと嘘をついている、なんて友達のボヤきも聞いたことがあるから、みんなそんな風に生きているものだと思っていた。
その概念が自分の最も身近なところで崩れたのだから、その時の衝撃と言ったらない。
姉の、周りに影響されない真っ直ぐさに憧れを抱くと同時に人の
たった一言聞いただけなのに、と今でも思う。
それ以来、面食いであることや流行りに弱いことを悟られるような発言を無意識に避けるようになった。
それまでも相手の話に合わせて言葉を発することのほうが多く、率先して自分の好みを話してこなかったことが幸いし、十希羽の変化に違和感を覚える友人はいなかった。
おかげで中学校までで知り合った友人からはイケメンや流行りには興味のない人物だという評価を得ていた。
あのきっかけになった一言は、単に姉が漫画やアニメなどへの興味が強かったために出た発言だったと知った時には、もう間違っても「実はイケメンが大好きです!」なんて言える状況ではなかった。
大学まで上がって、ようやく自分を知る人がいなくなる、本音を出せる、と思っていたのに。
同じ学科に中学生の頃に仲良くしていた友人がいるなんて誰が想像するだろう。
かくして大学でも、好きなものを好きだと言えずに過ごす日々が始まった。
おかげで好きなアイドルグループのライブに誘われても手放しで喜べない。目の前に大好きな人がいるというのに、無邪気に騒げないなんてどんな拷問だろうか。
ならいっそ後から一人でライブ映像を観たほうがよっぽど心に健全だ。
十希羽は返事に迷ってアプリを落とし、SNSを開く。
自分が始めたこととはいえ、いつまでこの状態を続ければいいのか。もはや引っ込みがつかなくなっている状況に大きくため息をついた。
ランダムに流れるショート動画を意味もなく眺めてスクロールする。五分ほどそれを続けて、ふと指を止めた。
カメレオンが色のついた紐にぶら下がって、その紐の色ごとに次々と体の色を変えていくだけの動画。
ぼやっと、目の奥でなにかの情景が浮かびそうになる。
『まるでカメレオンみたいだと思わない?』
それと同時に思い浮かんだ問いかけの言葉は、過去にあった会話の一部だろうか。
根拠もなく、どこか懐かしさを感じる。
それが自分に向けられた言葉だったのか、自分が発した言葉だったのかもはっきりしないのに。
にしてもまぁ…言い得て妙だな、カメレオン。
自分の色を変えて溶け込む
こういう時はどれだけ考えて記憶を辿っても結局思い出さないものだ。
十希羽は諦めて、またスクロールを再開した。
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