第13話 「お留守番」


 朝。


 おれは出勤の準備をしていた。


「じゃ、お仕事最適化モードで仕事に行ってくるよ。留守番頼むな」


「りっつー! りっつー!」


 りっつはおれの顔面にしがみつき、

 短い尻尾をふんふん振っていた。


「あるじー、どこ行くにゃ! どこにゃ!」


「会社だよ。仕事だよ。毎日、行ってるから」


「仕事ってにゃなんにゃ! りっつも行くのにゃ!」


「…いや、来なくていい。頼むから来ないでね」


 ノンリニアたんが横から静かに言った。


「留守番は問題ありません。わたくしが監禁監視します」


「監禁って、時間凍結とか、やめてね……」


 りっつはおれの靴をくんくん嗅ぎながら、


「あるじ、迷子になったらどうするにゃ!」


「え? 迷子って、そんなことあるわけないだろう…」


「外は危険にゃ。迷子になるにゃ!」


「ならないよ!」


 りっつは不安げの涙目になった。


「じゃあ……じゃあ……

 あるじが帰ってこなかったらどうするにゃ!」


「帰ってくるって」


 ノンリニアたんが淡々と補足した。


「帰宅確率は98.7%です」


「…その残りの1.3%は、なに…」


「可能性を残しています」


「それ、いらない可能性だよね…」


 そんなやり取りをしつつ、

 おれは玄関を出た。


「じゃ、行ってきます」


「…帰ってきてにゃー!」


 りっつの叫び声が遠ざかっていった。




 静かになった部屋で、りっつはそわそわしていた。


「ノンリニアたん……あるじ、迷子ににゃってにゃ?」


「まだ出発して数分です」


「数分でも迷子になるにゃ!」


「なりません」


 りっつは窓ガラスにぺったりと貼りつき、外をじーっと見つめた。


「あるじー……どこ……どこ……どこにゃ……」


「職場です」


「しょくばってにゃどこにゃ?」


「地図を表示しますか?」


「チーズは苦手にゃ!」


「では意味がありません」


「にゃにゃにゃにゃ…」


 りっつは部屋をうろうろし始めた。


「あるじが迷子ににゃったら……

 りっつが助けに行くにゃ!」


「あなたは外に出られません」


「にゃんでか?」


「夢由来の存在は、外界で不安定です。

 消滅する可能性があります」


「消滅とにゃ!? やにゃ!!」


「では留守番してください」


「留守番……留守番……

 でも、あるじが迷子ににゃったら……」


「迷子になりません」


「でも、でも、にゃ!」


 りっつは床でごろごろ転がり始めた。


「心配で死ぬにゃー!」


「死にません」


「死ぬにゃー!」


「死にません」


「死ぬにゃー!」


「死にません」


 不毛な堂々巡りだった。




 りっつは突然立ち上がった。


「そうにゃ。あるじのにおいを追うにゃ!」


「やめてください」


 りっつはあるじの枕に顔を突っ込み、

 全力で吸い込んだ。


「すー……すー……

 あるじのにおい……

 これは……これは……

 しょくばにゃ!!」


「違います」


「違うにゃ?」


「枕です」


「枕だったにゃ!!」


 りっつはショックで床にぺたんと倒れた。


「りっつー……もうだめにゃ……

 あるじが迷子になって……

 世界が終わるにゃ……」


「終わりません」


「終わるにゃ……」


「終わりません」


「終わるにゃ……」


「終わりません」


 不毛なやり取りは続く。




 夕方。

 おれが玄関を開けると──


「りっつー!!」


 りっつがおれの顔面に飛びついてきた。


「あるじー! 迷子にならなかったにゃ!!」


「ならないよ!」


 ノンリニアたんが静かに報告した。


「留守番は完了しました。

 りっつは本日、迷子の可能性を37回主張しました」


「多いな!」


「にゃ。 あるじが帰ってきてよかったにゃ!」


 りっつはおれの肩に乗り、

 短い尻尾をふんふん振っていた。


 おれは苦笑しながら靴を脱いだ。


「ただいま。……心配かけたな」


 おれの帰りを待つ存在がいることに、…おれも安心していた。




 ノンリニアたんの青い目が、ふっと優しく光った。



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