第4話 「お買い物」



「ノンリニアたん、買い物、一緒に行ってくれる?」


 午後のリビングで、おれは軽く声をかけた。

 食材が切れた。ただそれだけの理由だ。


 天気予報で未来が多重化し、

 お掃除で部屋ごと消された(復元はされたらしい)おれ(やはり別個体なのか?)だが、


 それでもノンリニアたんを頼ってしまうのは、



…「ある種のやみつき感」かもしれない…。



「承知しました。購買最適化アルゴリズムを起動します」


 ノンリニアたんの目が青く光る。

 その光は優しげで、そして不穏だった。




 玄関を出た瞬間、空気が揺れた。


 道路が、ぐにゃりと折れ曲がる。

 遠くのスーパーが、おれたちの目の前に近づいてくる…?


「……あの、なんか道が変形してない?」


「最短ルートを生成しました。

 空間を少しだけ再配置しています」


 少しだけの基準が宇宙規模なのを、おれはもう知っている。

 …そう、慣れたものだ。


 よゆーなのだ。


 歩くたびに、街並みが折り紙のように折れ、伸び、畳まれ、

 目的地のスーパーが、まるでおれたちを迎えに来るように近づいてくる。



 店に入ると、値札が揺れていた。


 空調の故障ではない。

 老眼で文字がぶれて見えているのでもない。

 値段そのものが複数存在している。


 …198円…

 …220円…

 未来価格:310円

 過去価格:150円

 平行価格:−12円 (は?)


「ど、…どれが本当の値段なのかな……?」


「観測すれば確定します。

 あなたが購入する確率が最も高い価格に収束します」


 おれは、さっと、トマトを手に取った。


 た、高い…。4800円…。


 おれがトマトを手に取って値札を見た瞬間、ピタッと固定されたらしい。


「未来のあなたが後悔しない価格です」


 え? それ、どんな未来?

 農業危機なの? トマトが絶滅危惧種に?

 うわさのハイパーインフレ?



 おれはしぶしぶ、トマトをカゴに入れようとした瞬間、

 棚の奥から別の商品が勝手に飛び出してきた。


「は? これは……?」


「あなたが本来買うべきだった未来で購入する予定の品です」



「う?ん? へ?」 一つもわからん。


 ともかく、未来のおれが買う予定の品が、

 現在のおれのカゴに勝手に入っていくらしい…。


 まだ発売されていないはずの謎商品まである。


「ちょ、ちょっちょ、勝手に入ってくるな!」


「購買後悔率を最小化しています」


 おれの意思は、…どこかな。




 ふと、周りを見ると、買い物客が妙に整然と動いていた。


 同じ方向に歩き、

 同じタイミングで財布を出し、

 同じようにレジへ向かっていく。


「……な、これは、いったいなにごとか…?」


「購買行動の最適化です。

 無駄遣いを減らし、必要な物を必要な人に、

 最適なタイミングで購入させています」


「いや、それはもう自由意志が死んでるだろ!」


「自由意志は非効率です」


 ノンリニアたんは、当然のように言った。


 おれは叫んだ。


「買い物ってのは、

 迷ったり、悩んだり、時には後悔もしたり、


 無駄遣いしたりするのが楽しいんだよ!」


 (コテン)ノンリニアたんは、少しだけ首をかしげた。


「……非効率ですが、

 …あなたがそう望むなら、最適化を解除します」


 街は、ゆっくりと元の形に戻っていく。




 家に戻り、買い物袋の中身を確認する。


「……これ、おれ、何を買った?」


 袋の中には、見たことのない謎商品がいくつか交ざっている。



「未来のあなたが必要とする可能性が高いものです」


 ノンリニアたんの目が、満足げに青く光る。




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