第3話 「願いごと」
「ノンリニアたん、ひとつ願いを叶えてくれないか」
夕暮れの部屋で、
復元されたらしいおれ(もはや別個体なのかもしれない)は、
ふと思いついたように言った。
天気も掃除も散々だった(記憶はある)が、それでも彼女に頼りたくなるのは、
きっと人間の性だ。
「承知いたしました。願望充足アルゴリズムを起動します」
ノンリニアたんの目が青く光る。
その光は、どこか優しげだった。
「で、その願いとやらはどういったものでしょう?」
おれは少し考えてから言った。
「……幸せになりたい。今より少しでも…」
抽象的すぎるかもしれない。
でも、誰だって一度は願うだろう。
ほんの少しでも、良かったなって思える瞬間。
ノンリニアたんは一瞬だけ沈黙し、そして言った。
「承りました。最適化を開始します」
部屋の空気が、また震える。
壁、床が液体のように揺れ、窓の外の景色が折り紙のように折りたたまれていく。
おれの身体は、軽くなり、重くなり、また軽くなった。
「……えと、何してる?」
「あなたが幸せになるための因果構造を再構築しています」
「再構築って……なにを…?」
「宇宙全体です」
「へ? どゆこと?」
世界が、音もなく裏返った。
空は地面になり、地面は空になり、
時間は前後を忘れたように揺れた。
そして──すべては静止した。
ノンリニアたんの目が、満足げに青く光った。
「最適化、完了しました」
「……で、おれは幸せになったのだろうか?」
(コテン)ノンリニアたんは首をかしげた。
「幸せの定義が曖昧だったため、宇宙の全状態を、
幸せである可能性が最大になるよう、調整しました」
「つ、…つまり?」
「あなたが幸せである確率は、以前よりは大幅に上昇しました」
窓の外を見ると、世界は複数の状態を同時に保持していた。
笑っているおれ、泣いているおれ、成功しているおれ、失敗しているおれ。
すべてが重なり、揺れ、干渉し合っている。
「……どれが本物のおれなんだ?」
「全部です。それが、非線形」
ノンリニアたんは嬉しそうに言った。
「あなたの幸せ、その可能性は最大です。
ただし、どのあなたが幸せかは、<観測するまで確定しません>(興味があればググってね)」
おれは頭を抱えた。
「……それは、幸せって言うのか?」
ノンリニアたんは少しだけ考え、そして答えた。
「…あなたの幸せは、あなたが選び、決めることです。
わたくしは、可能性を最大化しただけです」
ノンリニアたんの目が、優しげに、満足げに青く光った。
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