明治・大正期の文豪の気配漂う文体です。
アプリの画面から漂ってくる、原稿用紙の香り。
机の上の万年筆と燐寸。屑籠には丸められた書き損じの山。
改行が少なくビッシリ詰め込まれた長文も、あの時代を思わせます。
作者は令和に生きる方なの? 大正時代の方じゃないの? とびっくりしました。
芥川龍之介の作品を思わせる告白体ですが、妙な軽みもある。
こっ、これはもしや……
絶滅したと思われた伝説のジャンル・「私小説」なのでは?
放蕩的生活を続けざるを得ない、自己への悔恨。
夢と現実の狭間のようなエピソード。
vita sexualis的な一日の、奇妙な爽やかさ。
浜辺で出会った、不思議な人物。
日記のように綴られる事件でない事件に、ついつい首を突っ込み、引きこまれてしまうのです。
虚無の海に消えようとしていた主人公――
しかし不思議と、読後に希望が残りました。
絶望しかないと思える状況の中で、なぜ人は死を選ばずにいられるのでしょう。
それは、未来の自分から、希望という名の手紙を送られていたからなのです。
私はどれほど、過去の自分に希望を送ろうと思ったことでしょう。
時に阻まれ、遮られて。
しかし、光だけは届いていたにちがいありません。
奇妙な明るさが、どん底の中にわだかまっていたではありませんか。
どうにかなると、いつしか顔を上げられたではありませんか。
この作品は、そんな手紙をこっそり古風な文箱に入れ、しまい忘れたやうに置いてある、作者のひとのいたずらです。