楽園よりへの応援コメント
やだ、加藤くん。
デモンですかね。それともエンジェルでしょうか。
どうしようもなく生温い日々に浸かってしまう実感が、ひしひしと伝わってきます。
他人ごとではありませんね、怖いです😅
清彦さん、これからどうするのでしょう。
ところで。
時津様の創作論から端を発した作品の、AI分析を創作論として先ほど公開致しました。
「AIに頼らず書いた作品をAI判定したら💯‼️~時津メソッドの効果と達成度分析」
https://kakuyomu.jp/works/2912051604304087379/episodes/2912051604304202287
タイトルにお名前を入れ、作中に甘木先生の創作論へのリンク及び、講義メソッド実践の経過など書いてございます。
修正・削除希望箇所などありましたら、遠慮なくお申しつけくださいませ。
事後報告になってしまい、ごめんなさいなのです🙂↕️
作者からの返信
コメントありがとうございます。
加藤君は局所的に見ればエンジェル、大域的にはデモンなのかもしれませんね。結局堕落した生活を続ける方が当人にとっては省エネで居心地が良い、というのは事実でしょうね。果たして清彦はどうするのか。作者自身にも分からないことです。
なんと! 甘木先生の創作論がそのようなことになっていたのですか! タイトルに名前を入れていただけるとはなんと光栄なことでしょう。後程拝見しますね。
軽薄な男への応援コメント
ふむぅ。
時々思うのですが、なぜ生きることはこうも辛く息苦しいのでしょうね。
かといって自ら命を経とうという気は毛頭ないのですが、この息苦しさだけは今のところどこかへ立ち去る気配が見えません。
私は過去にどこかで自分を許せたので、その意味では随分と心が楽になりましたが無念もあり後悔もあり、果たして自分がここからどこへ向かうのか、見当もつきません。
それでも一つだけ腑に落ちたことは、どう生きても悔いは残る、でしょうか。
それからは、後悔することを恐れなくなり、少しは生きてゆくのが楽になりました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
確かに私も時折生きてゆくことの息苦しさを実感することがあります。その息苦しさは時として自らの手で命を断とうという究極の反生命的な行為へと繋がるのでしょうね。
何処かで自分を許すことができるというのはとても強く、かつ優しいことなのだと思います。私自身もこれから私がそうなってゆくのか分からないまま日々を生きております。
どう生きても悔いは残る。そのとおりかもしれませんね。これは決して開き直りではなく、生きるうえで獲得された知恵であるように思います。後悔を恐れずに生きてゆけるなら、それは素敵なことだとと思います。いつもありがとうございます。
編集済
帰郷への応援コメント
おかげんいかがでしょうか。
回復されて執筆に戻られたならば、一読者としても安心でございます。
ときに帰郷とは、自己の深層への回帰を指すものなのでしょうね。
わたくしは時津橋士様の
「甘木先生による創作論講義2」
https://kakuyomu.jp/works/2912051599387054014/episodes/2912051599387086067
により自己内部の未踏領域へ渡りました。
そこが長きに渡り探し求めていた約束の地であったことを、ついに感得いたしました。
深く感謝申しあげます。
健全なる自己愛を、創作上のキャラクターを通して作者である自己に反射させたとき、人は本来の自己に戻れるのですね。
私は私であることを、ようやく自分に許しました。
よき英傑の朝を迎え、実に爽やかな心地であります。
時津橋士様のご多幸をお祈りしております。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
順調に回復しつつあり復活間際となっております。ご心配いただきありがとうございます。
私の作品がイエロウさんの作品やイエロウさん自身に何かしらの影響を与えられてということ、非常に嬉しく思います。今後ともよろしくお願いしますね。
パレードへの応援コメント
祝祭、それはひとつの始まりであり終わりでもあり――
なぁんてこと言って、このキャラクターたちに会えてひどく嬉しく、ニヤニヤしています。
皆さん元気そうでよかったです。
睡中都市におけるカエデくんは大変痛ましかったので、本来の性質であろう柔らかさと穏やかさが見られてホッとしました。
ウツギくんはちょっと怒ってるほうが彼らしいし、きれいですよね。アッ、怒られちゃうっ。
文学を自己との対話と定義したとき――双子という象徴が書き手の両極を引きずり出し、揺らす効果を実感しています。
ウツギくんとカエデくんの二人と主人公、そしてトキハシ氏やアリスエさん、カエルくんたちはこの先どう関係してゆくのでしょうね。
楽しみにしています。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
凡その見当だけつけて書き始めてみたはいいものの、どうにも収拾がつかなくなった作品でありました。とはいうものの、私にとっても彼らとの再会が果せてよかったとも思っています。
双子の構図は自分でも思いがけない程グッドなアイデアだったかもしれません。またふとした折に睡中都市の仲間たちが物語に登場する、かもしれません。
編集済
妄想イシュタムへの応援コメント
文学というのは、実に不思議なものですね。
誰にも見せなくてもよいのだと、己に説いて始めたはずが。
書き手は最初の読者であるといいますが、ならば己にさえ通ずれば事足りるはず。
であるのに、いもしない読者に向かってわかりやすく伝えようと首と頭をひねって唸り…わたくしは一体、何をしているのでしょう。
クライン・ボトルの罠ですね。
そうこうしているうちに…
不思議な気配を感ずるのです。
背中や首筋、後頭部の辺りに…。
投げ出そうとするわたくしを、何かが見ているように感ずる瞬間が、無いとはいえぬのです。
イシュタムでしょうか。
いいえ、彼女はおそろしい引力をそなえた笑みで私たちを招きますが、自ら望んで赴くこともないのです。
遅かれ早かれ、彼岸に打ち上げられる力無き葦。
それがわたくしたちのさだめならば、風に抗うでもなく顔を向けていてもよかろう。
そう決めこんで、嘔吐にも似た行為に向かひます。
わが友は是れを排泄と称し、澄ましております。
原索動物と同様、わたくしたちが一本の消化管の派生種であることを思い起こさせる比喩でありますね。
創作の神に捧げることを志した瞬間、私たちは誰かの”目”に見られながら、ちがう時の流れを生きているのかもしれません。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
世の多くの人々と同じように、創作に取り組む人たちの中にもまた、イシュタムの誘惑を知っている人がいるでしょう。しかし、お言葉の通り、彼女は決して自らこちらに近づいてくることはありません。
遅かれ早かれ、あちらへと行かねばならぬのなら、今しばらくは沈黙していて、有と無の間に揺蕩うのも良いのかもしれませんね。
これからも同じ時間と世界を共有する作者として、しなければ収まりのつかない行為に身を任せて行けると良いですね。
妄想イシュタムへの応援コメント
イシュタムって時々目にするけど何だろうと思って調べてみたら……。
今回のお話を聞けて良かったです😊
前話のコメントに書こうと思って忘れていましたが、「期待を裏切らない」というのはいわゆる生存者バイアスだと思うんですよね。
一廉の人物になって欲しいなどと言う期待はやはりその人の勝手な押し付けではないかなと。
それにたぶん、そういうのって世間的な成功者と言われる人々にしても「期待を裏切った」経験はゼロではないでしょうし、そこに対する申し訳なさというのは人の業であってもはや自然現象の様なものだから、ただそれをありのままに受け入れればよい、私はそのように考える様になって少しは心が楽になりました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
自分にとって良くも悪くも印象強く残ってしまう言葉ってありますよね。私の場合はそれが「期待を裏切らない」ということだったのです。これまではその言葉が一種呪詛の様になって私に取りついていたのですがジャパンプリンさんの言葉でそれが少しほどけたような気がします。ありがとうございます。一種の自然現象として期待とそれを裏切ってしまうことを捉えると仕方ない、と良い意味での諦めが見えるのかもしれませんね。
ありがとうございました。
英傑の朝への応援コメント
朝の重さと自己内省が、非常に高密度の独白として統一されており、読者を“思考の流れそのもの”へ引き込む力のある作品でした。比喩の連鎖と敬体の持続が、現実感と夢の境界を曖昧にしていて独特の没入感があります。 (≧▽≦)
面白かったので、★★★とレビューを進呈いたします(人 •͈ᴗ•͈)
もしよかったら、私の作品も読んでいただき、面白かったら★★★をいただけたら嬉しいです(◍•ᴗ•◍)
先生と繋がっていきたいので
作者フォローよろしくお願いしますm(_ _;)m
作者からの返信
コメントありがとうございます。
面白かったと感じていただけて何よりです。
レビューまでありがとうございます。
作品、後程拝見します。
渚と煙草への応援コメント
境界にある揺らぎが、人を惹きつけるのだと思います。
確かにとても魅力的です。
決まりきったものがつまらないと感じられるほどに。
作者からの返信
陰と陽の中間にあるような存在に私は魅かれるような気がするのです。
それは例えば睡中都市のウツギだったのかも知れませんし、今回の渚だったのかもしれません。あと、中性的な女性も大いに好みです。