第7話 伊月神社 Ⅲ


 お詣りを終えて神社内をすこし探索する。

 伊月神社はなんということはない一般的な中規模程度の神社だ。

 特筆事項があるとすれば拝殿裏に日本庭園があること、春になるとそこを見事な桜が彩ることだろう。桜の時期のみ一般開放されており、普段は入ることができない。

 なお、桜は一般人の立ち入りが許されない社務所の裏庭にもある。叶人ルートのスチルで描かれた美しい情景は今でも思い出せるほど美しかった。

 名に“月”と付くように主神は月読命、そして創造神たる伊邪那美命・伊邪那岐命も祀っている。そのほかいくつかの神も祀っているが、それらは神社合祀のためだという。

 伊邪那美命・伊邪那岐命・月読命、この三神の頭文字を取って『伊月』と名がついた神社──というのが『巡世めぐせか』内で語られるこの神社の諸々である。


「……ね、水瀬ちゃん。春になったらさ、ここに書いてある桜、見にこない?」

「もちろん来たいわ!美琴ちゃんとならこの神社、ちっともこわくないから!」


 先ほど社務所でいただいた神社の案内パンフレットを見ながら言うと、輝くばかりの笑顔が向けられた。

 そのころには、ふたりとも中学生だろう。親しい友達を結びつけておきたいがための約束に笑顔で応えてくれる彼女のやさしさは得難いものだ。思わず頬が綻んでしまう。

 お揃いで買った今年の干支と鈴のついたお守りにポケットの上から触れると、くぐもった鈴の音がした。

 中学に上がったら環境の変化で遠くなるかもしれない。でもこの約束とお守りはふたりを少しは繋いでいてくれるだろう。


 『巡世』というゲームの登場人物や、この土地のことなどは知っていても、自分の未来はまったくわからない。そもそも彼らより年齢も上のため、この先同じ時期に同じ学舎に通うことすらない。自分の持つ情報は自分の身のためにならないものばかりだ。

 卒業という節目を目の前にして、すこし心細くなってしまっているらしい。前世で高校卒業と共に親友と疎遠になってしまったことがそうさせるのかもしれないと思いながら、ポケットに手を突っ込んでお守りをぎゅっと握った。


「………ん、姉さん!」


 水瀬との会話が途切れがちになっていたとき、階段のほうから駆け足でこちらに向かう少年の姿が見えた。手を振る彼に水瀬が応えていることから、彼女の弟なのだと理解する。

 弟のことは話には聞いていたものの、自分は今日が初対面だ。喘息と様々なアレルギーを持っている、免疫力のあまり強くない彼に余計なものを持ち込ませないようにという彼女の配慮で家に呼ばれたことがなかったためである。


 また、美琴の家は遊ぶのにちょうどいい環境だったことも要因の一つである。

 美琴の家は歳の離れた兄がひとりいるが、研究が忙しいらしく友達の家で寝泊まりしていてあまり帰ってこない。父は仕事のために外に出ているが母は昼間に編み物教室の先生をしていて、美琴が帰ってくる時間には家にいる。

 子供を見守りつつ、過度な干渉はしない人々と子供も気に留めない人数。ふたりが遊ぶのにちょうどよかったのだ。


「あら?ゆきくん。ゆきくんもお詣り?」

「ううん。友だちをむかえに来て……あ、えと」


 水瀬とだけ話し、彼女にだけ向いていた視線が不意にこちらに移った。それに軽く会釈をすると、戸惑いがちに会釈が返ってくる。


「うふふ。美琴ちゃん、この子が前に話した私の弟よ。ゆきくん──幸瀬ゆきせっていうの」

「はじめまして、かがりゆきせです」

「……はじめまして。大國美琴です」


 その名前を聞いた瞬間、背中にどっと冷や汗が流れていく。必死に顔を作りながら、倒れないようにとそれだけを考えてふたりと言葉を交わす。

 ああ、何故忘れていたのだろう。水瀬のフルネームも容姿も、全部知っているのに、なぜわからないでいたのだろう。


 彼女もまた、あの乙女ゲームに登場していたのに。

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