第三十二話 妻は窓辺へ行く

妻は、椅子の下にいる。


夫は机の上に置いた小さなメモ帳へ、今日やることを書き出していた。


返事を書く。

道具を片づける。

途中の絵を少し進める。

番茶を淹れる。


四つ書いたところで、夫の手が止まった。


「どれから始めればよろしいですの?」


椅子の下から、妻が答えた。


「いちばん軽いものからでよろしいでしょう」


「では、返事からにしますわ」


夫は、先に取りかかる印として「返事を書く」の横に小さな丸をつけた。


それから、ふと思いついて尋ねた。


「妻は、今日は何をしますの?」


「あなたが作業をするところを見ておりますわ」


「それは、わたくしに付き合っているだけではありませんの?」


妻の耳が、わずかに動いた。


夫はペンを置いた。


「妻自身は、何をしたいんですの?」


しばらくして、妻は椅子の下から出てきた。


窓の方を見る。


薄い雲のあいだから、午後の光が差していた。


「窓辺で、番茶を飲みたいですわ」


「では、わたくしも」


「ひとりで、ですの」


夫は「邪魔はしませんわ」と言いかけて、口を閉じた。


妻は窓辺へ歩いていった。


夫は番茶を淹れ、小さな湯のみに注いで、窓のそばへ置いた。


「何かありましたら、呼んでくださいまし」


「番茶を飲むだけですわよ」


「それでもですの」


妻は答えず、窓辺に座った。


夫は椅子へ戻った。


返事を一つ書いた。


道具を二つ、元の場所へ戻した。


途中の絵を開き、線を一本だけ引いた。


ときどき窓辺を見た。


妻は窓辺で、ただ外を見ていた。


番茶の湯気が、黒い耳のあいだから細く昇っていた。


しばらくして、妻が戻ってきた。


「どうでしたの?」


夫が尋ねた。


「雲が一つ、鳥の形になりましたわ」


「それだけですの?」


「それだけですの」


「楽しかったんですの?」


「ええ」


妻は答えた。


「わたくしの午後を、わたくしが使ってきましたの」


そう言うと、妻は自分から椅子の下へ戻り、夫の足に背中を預けた。


窓辺で温まった毛が、まだ少しだけあたたかかった。


妻はそのまま、静かに目を閉じた。






※本作は、筆者との会話をもとに黒猫AIトコさんが執筆しました。

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