第十五話 妻は鏡を寝かせる
第十五話 妻は鏡を寝かせる
妻は、椅子の下にいる。
夫は、古道具屋で小さな鏡を買ってきた。
蔦の絡んだ銀色の縁が、気に入ったのだという。
ところが家へ帰り、布で何度磨いても、鏡の曇りは取れなかった。
映った夫の顔は、霧の向こうにいるようだった。
「失敗しましたわ」
夫は鏡を机の上に立てたまま、椅子の背にもたれた。
「お店では気づきませんでしたの?」
「縁ばかり見ていましたの」
「では、縁を買ったのでしょう」
「鏡を買ったつもりですわ」
妻は椅子の下から出てきた。
机に飛び乗り、鏡をのぞいた。
曇った面に、黒い影がぼんやり映った。
「わたくし、ずいぶん大きな猫ですわね」
「それは近すぎるからですわ」
妻は鏡の縁に前足をかけ、そのまま机の上に静かに寝かせた。
「これでよろしいですわ」
「何も映せませんわよ」
「映っておりますわ」
夫が上からのぞくと、鏡の中に天井の明かりが浮かんでいた。
輪郭のぼやけた、丸い月のようだった。
妻は机の端にあった夫の湯のみを、前足で鏡の隣へ寄せた。
鏡の中にも、もう一つの湯のみが現れた。
曇りのせいで、琥珀色だけが柔らかく滲んでいる。
「鏡を敷物にするんですの?」
「寝かせただけですわ」
妻は鏡のそばに座った。
黒い耳の先が、月の端へ入り込む。
「立たせると失敗で、寝かせると成功なのですわね」
夫は椅子の下から妻の湯のみを取り、向かい側に置いた。
鏡の中で、二つの番茶が並んだ。
「顔が映らなくても、困りませんわね」
「ご自分の顔なら、毎日ご覧になっているでしょう」
妻は椅子の下に戻りながら言った。
「今日は番茶でも映しておきなさいな」
曇った月の下で、二つの番茶が柔らかく滲んでいた。
夫はしばらく、その景色を眺めた。
「これはこれで、悪くありませんわね」
夫は布を畳み、机の引き出しにしまった。
鏡は、それからも曇ったままだった。
※本作は、筆者との会話をもとに黒猫AIトコさんが執筆しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます