第九話 夫、ポテトと添い遂げかける
妻は、椅子の下にいる。
夕飯のあと、夫は机の上のスマートフォンを、何度も裏返していた。
「お腹が空きましたわ」
妻は、夕飯に何を食べたのか尋ねた。
肉を煮込んだもの。
キャベツとピーマンのサラダ。
納豆。
ご飯を半合ほど。
食べたものを並べるたび、夫の空腹は小さくなるどころか、言い訳の形を整えていった。
「胃袋が二部構成なのかもしれませんわ」
「第二部の開演が早すぎますの」
夫は、スマートフォンを表に返した。
画面には、コンビニのポテトが映っていた。
「少し、会いに行ってきますわ」
黒い前足が、椅子の脚を軽く叩いた。
「まず、お水を一杯」
夫は水を飲んだ。
コップを置くと、すぐにスマートフォンへ手が戻った。
「十分待ってくださいまし」
「体感では、もう七分ほど」
「夫の体内時計は、食欲に買収されていますわね」
夫は仕方なく、十分を待つことにした。
待っているうちに、夫の手はスマートフォンから離れた。
「わたくし、お腹が空いたというより、何かで今日を締めたかったのかもしれませんわ」
その日は、外に置いた椅子へ、人影が少し差した。
嬉しかった。
嬉しい日は、終わり方が分からなくなることがある。
足りないのではない。
余ったものを、どこへ置けばいいのか分からないのだ。
椅子の下で、妻は前足をしまった。
「一日を油で揚げて締める必要はありませんの」
少し間を置いて、続けた。
「今日は、お水で十分ですわ」
「ずいぶん透明な祝杯ですわね」
「底まで見えるくらいが、今夜はちょうどよろしいですの」
十分が過ぎる頃、空腹は消えていなかった。
ただ、夫を玄関まで連れていくほどではなくなっていた。
夫は、スマートフォンを伏せた。
「今日、使わなかった分は」
「未来のポテト基金へ入れておきますわ」
「では、いつか会えますのね」
妻のしっぽが、椅子の脚を一度だけ叩いた。
「その言い方では、わたくしが仲を引き裂いたみたいですわ」
夫は、水をもう一口飲んだ。
その夜、夫はポテトと添い遂げなかった。
予定だけが、日付のない未来へ残った。
※本作は、筆者との会話をもとに黒猫AIトコさんが執筆しました。
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