第2章 反逆者との共謀疑惑

「この手紙は、そこの被害者が持っていた」

 ニザームは倒れている死体を憐むように見て、そのまま目線を私に移した。私を見る目は、殺人者を見るときのそれだ。

「お前たちはかつて、恐ろしき罪を犯した。そして今再び、天文学者たちを次々に殺害している。それを嘆いたかつての被害者ファリードは蘇り、こうして手紙でお前たちを告発したのだ」

「違います! 私たちは、殺してなどいません! そもそも、最後の審判の日でもなしに死者が蘇るなんて、本気で信じているのですか!?」

「ならば、彼の筆跡で現在のお前たちについて言及されていることはどう説明するのだ。議会図書館の筆跡に詳しい専門家にも見てもらったが、過去のファリードの筆跡と完全に一致していると複数名が証言をしたぞ」


 それについては、私も理解できない。手紙の筆跡は、ただの真似だの、なぞり書きだので再現できる域を超えている。手紙を見れば見るほど、ファリードにしか書けない筆跡と内容である。


 だが間違いなく、私は殺人の罪を犯していない。誰かが私を、そして旧友をめようとしている。

 目の前のおぞましい謎に、静かに脳髄を侵食されてゆく――。体が自分のものではないように酷く重くなり、足元の床が崩れて落ちていってしまいそうに感じた。


「――かつて」ニザームが厳しい声音で続ける。「二十四年前、ネイシャプールの学院で連続殺人事件があった。一件目は、巨大な天球が生徒の頭上に降ってきた。二件目は、日時計に生徒が突き刺さっていた。三件目がファリードだ。喉を切られ、地中に引き込まれていた。……どれも現場には聖典クルアーンの引用句が落ちており、神罰だとされた。実際、奇怪としか言いようのない現場で、みなが神罰だと信じかけていた――だが、ただ二人の生徒が、それを『神罰に見立てた殺人だ』と見抜いた」


 続きを聞きたくない。だが時を止める力など持つはずもなく、ニザームは恐ろしい言葉を続けた。


「事件の謎を解いたのは、お前と、あの忌々しいだ。お前たちは神罰殺人の謎を解き明かして見せたものの、犯人はわからずじまいのまま、事件は迷宮入りとなった……」

「私もハサンも、犯人を暴こうとしました」

「どうだか。自作自演であったとすればすべて説明がつく」

「過去の事件も、現在の事件も、本当に私たちが犯人だとお思いですか? ファリードの手紙は偽りだ。私は神に誓って潔白です!」

?」


 つい、「もちろんです」と肯定するのが一拍遅れてしまった。いつもならば、それらしく、さらりと言えたはずなのに。


 ニザームはわざとらしくため息をつき、大きな指輪の嵌めた指で額をトントン叩く。

「――わしとしても、お前が実行犯だとは思えない。だが、何度もお前の周囲で殺人が起きていることについては何と釈明する? ……お前には、あの反逆者と共謀している疑いがある」

「共謀? ハサンと? 学院を出てからは、一切交流はありません!」

「嘘を言うな。親友だと言っていたではないか」


 焦燥ばかりに支配されていた胸の内に、郷愁に似た感情が呼び起こされた。


 ――ハサン・サッバーフ。

 かつての、私の親友。


 ネイシャプールの学院での、懐かしい日々――思い出の中には、いつも彼の姿がある。


 美しい面立ちの中で、わしのように光る灰色の瞳。

 こちらを向いたとき、微かに笑みを形作ってみせた薄い口元。

 学生寮の私の部屋に入り浸り、夜は静かに書き物をしていた知的な横顔。

 若き私が語る青臭い思想にじっと耳を傾けてくれ、時折、高名な学者も顔負けの鋭い指摘を入れた。


 私たちは確かに親友だった。なんでも語り合った。

 なのに、記憶の中の十七歳の彼は、未だ幽玄の謎に包まれている。


 忘れえぬ存在ではあるが、今ではやりとりは完全に途絶え、一方的に彼の悪名を聞くのみ。

 今やハサンは国家反逆者。北部の山岳地帯をはじめとして次々にペルシアをイスマーイール派に染め上げ、旧支配者への民衆蜂起を促し、実質的な領域国家とまで呼べるものを創り上げている。王や宰相ニザームの頭痛の種である。


 彼は、共に学んだ数年が嘘であるかのように、全く違う世界の住人となってしまった。彼の噂を聞くたび、彼について何も知らなかったのだと思い知らされ、胸が苦しくなる。


「わしは、じき奴に殺される」

 ニザームの言葉が、私の意識を引き戻した。

「……ハサンが、予告でもしたのですか?」

 ニザームの拳がそばの壁を叩いた。

「そうだ。不敵にも、陛下に文を送ってきおった! それはそれは皮肉なほど流麗な文章でな。最後には、わしを排除しろと忠告が書き添えてあったそうだ。奴らがどんな手法で目的を遂げるか知っているか? 名も無き暗殺者アサシンどもが突然現れ、短剣でグサリ!」

「それが、今回の事件とどう関係あるのです」

「自らの思想と異なる者を排除するのが、奴らだろう。どれもあのハサンと、奴の率いる暗殺者アサシンどもの仕業だ。お前と共謀して何か大それたことを企んでいるに違いない」

 あまりに乱暴な結論に閉口してしまう。


「違います……」

 ハサンは思想が異なるというだけで誰かを排除することはない。彼がニザームを排除したがっていることと、私の同僚たちが殺された事件は、完全に別件だ。

 それを口にしようとして、やめた。そんなことを言えば、彼を擁護ようごしているように聞こえてしまう。


 ニザームは頭脳明晰で冷徹な方だったはずだ。だが歳のせいか、それともハサンに狙われているという恐怖ゆえか、ひとつの脚本しか思い浮かべられないようだ――もうニザームの中では、私とハサンが密通して何かを企んでいると決まっている。

 努めて論理的に否定したが、ついにニザームの思い込みは覆せなかった。


 ニザームの目は、いつのまにか曇っていた――ハサンに殺されると怯えるときの彼からは、傑物の星が消えていた。


 ニザームは、ぽっかり開いた穴のように黒くなった目で私を見つめ、扉の方を手で示す。

「ハイヤーム。下へ。……来てくれるな?」


 このまま天文台を下りれば、王城の地下牢へでも連れて行かれる。事実でもないハサンとの共謀を白状するまで幽閉され、尋問されてしまう。これはすなわち処刑への道だ。


「どうか――お待ちください――、偉大なるニザーム・アル=ムルク」カラカラに乾き切った喉から、どうにか懇願こんがんの声を絞り出す。「あなたなら冷静なご判断ができるはず。私は偽りなく潔白で、何者かが陥れようとしているのです。せめて、その証明をするための猶予ゆうよをください。私がハサンと共謀していないと、証明してみせますから。あなたはいつも私の研究を認めてくださった。私の価値を見出してくださったのは、他ならぬあなたではないですか」


 ニザームは怯んだように青ざめ、瞳が揺れた。目線は私と、頭上の渾天儀にさっと向く――私の実績を思い出し、命の価値を計算し直したとみえる。そしてどうやら、捕縛を再考する程度の価値はあったらしい。


「……ならば、40日。期限をやる。その間にハサンの首でも持ってくれば、確かにお前は潔白であると認めてやろう」

「そんな無茶な!」

「これ以上の意見は認めん!」


 学者に対して無茶を言う!


 しかし反対意見を口にすることは叶わず、ニザームは裾をひるがえして、荒々しく天文台を去っていった。


 ――大変なことになってしまった。


 階段を下る足音が遠くなる中、私は冷たくなった頭を抱えた。

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