もし、全てを与えると言われたら。あなたなら、何を望むだろう。
トオルが生きていた現実は、すでに、満たされすぎた楽園だった。それでも彼は、その楽園を捨てて、もうひとつの楽園へと向かう。非人間的なまでに整えられた、その場所で。彼は何を追い、何を見るのだろうか。
ひとりの女を地上に残し、家族を引き裂いてまで掴みにいった、罪深い再会。その上澄みにすぎないはずの光や風や、ささやかな痛みまでもが、なぜこんなにも、尊く感じられてしまうのか。ぜひ、読んで、味わってほしい。
人の望みは、千差万別だ。満たされてなお、人はそれでも、何かを欲しがる。
この物語は、本当に遠い未来の話なのだろうか。私たちは、覚悟をもって見るべきではないだろうか。疑似の未来が描く、作られた楽園の行く末を。
五十五年前に別れた初恋の少女に会うため、七十歳のトオルが仮想世界「楽園」へ向かう。
一見、失われた初恋を取り戻す純愛物語のよう。
でも、読み終えてみたら、本作が描いているのは単なる再会でも、若返りの夢でもありませんでした。
特に印象的なのは、「楽園」が何でも叶う場所でありながら、そこに留まるだけでは本当の救いにならないというところ。
永遠に若く、美しいままでいられる世界。その中で、二人が何を選び、何を手放し、どう時間を動かしていくのか。恋愛小説でありながら、人生の終わり方そのものを問われているような読後感があります。
初恋、老い、記憶、創作、そして有限であることの尊さ。
静かな文章の中に、切実な感情が深く沈んでいる作品でした。