元勇者の祖母は、今日も孫を背中におぶってダンジョンにもぐる
於とも
第1話 今日も、いくぞ! おむつを持って!
背中に背負った、小さな温かさを心から愛しいと思う。
朝から、この子に山羊の乳を飲ませて、間食用の粥を器に入れて、おむつの替えを持って、家を後にする。帰って来てからの、湯の用意もできた。
今日は天気がいいから、いい湯が沸くだろう。楽しみだ。
*****
背中に赤ん坊を背負って、ダンジョンに潜ることを、周囲の男どもは
「無謀だ。危険すぎる。」
そう言って、厳しい視線を寄越すが……。
「じゃあ、誰がこの子を育ててくれるんだい。」
そう聞き返したら、とたんに視線を逸らす。
まだ女達の方が理解が早かった。
足りない物はないか、至れり尽くせり、装備を手配してくれたりと、気を使ってくれたから。赤ん坊に負担の少ない、赤子用の背当てを手作りまでしてくれたのだ。
今、私が身に着けている装備は、素材も色もちぐはぐで、恰好良さのカケラも無い事になっているが、身軽さを最重視。逃げるに最適な軽量装備なのだ。
何も、子連れでダンジョンの深部に潜ろうなんて思ってない。ダンジョンの上層階の輝石や貴鉱石、珍食材や珍味香辛料、ダンジョン昆虫採集などの、軽めの素材を集めて売って、小銭を稼ぐってだけだ。
元勇者で、ダンジョンの深層部を攻略して来た昔の栄光に縋るつもりなんか、さらさら無い。そんな無謀な攻略は、若かったから出来たことだ。
私だって、かつてはそこそこいい腕の勇者だった。稼ぎも良かった。
でもね。
人は必ず年を取る。怪我だってする。
どんなに美人でも、美男でも、年は取るんだ。
私は、天涯孤独な女だったから、子が欲しかった。
誰からも美人だなんて言われて来なかった私でも、誰かを愛したかった。
好きになった男が、必ず自分を好きになってくれるとは限らない事も、知ってた。
だから、ちょっといいな、と思った相手と、試してみたんだ。でも、相性の関係なのか、色々試したのに、なかなか子は出来なかった。
やっと、あの男の時に、子が授かったんだ。お互いが、いい仲の恋人だと思えた関係の人の子が、腹に入ってからは、この子を守ろうって、決めたんだ。
ところが、まあ、あいつは、産まれた子は可愛がってはくれたけれど、何分、気が多い奴だったから……。
息子が剣を握り始める、7才になった頃には
「もう、俺の役目は終わったな。ここまで育ったし。後は坊主が頑張れ。俺も7才の時には、もう親から離れたから。」
そんな事を言い出して、若くて新しい女の元に行っちまった。
その女の腹も膨らんでいた。どうやらあいつは、そういう事を何度もやっているらしかった。
私は、男女間の噂に疎かったから知らなかったが、そういうヤツだったらしい。
いつの時代も、子を抱えて、女手一つで育ててる母親は多かったから、私もそうする事にした。
気落ちしなかったと言うと嘘になるが、元々神の前で婚姻を誓い合った仲でもなかったので、諦めも付いた。あいつは、神の前での婚姻を迫ったら、きっと逃げた。
逃げられてたら、子供は授かってなかっただろう。
私は、自分の子が欲しかっただけだ。子を授けてくれるなら、相手は私の眼鏡に適う奴だったら誰でも良かっただけだ。縁が切れても執着はしない。
まあ、あいつは種付け技術はピカイチで、子が欲しい女は、ヤツに声を掛けるらしかったから。腹違いの兄弟が多いのは、考え物だが。
この地域に限らず、ダンジョンに潜る者は、子が出来にくい。何故だか分かっていない。恐らく、極度の緊張が続くダンジョン攻略の期間が長いと、そっちの方にダメージが来るようだった。
だから、子を持たない勇者夫婦は多かった。
私は、子が欲しかった。
だから、産んだ。
それだけだ。
まだ7才の息子を連れて、周囲の反対を押し切って、今みたいにあの時も、ダンジョンの上層階で、今と似たような小銭稼ぎの仕事をして、子供を育てた。
子を育てるには、金が掛かる。
農家の手伝いをしながら、余り野菜を貰ったところで、生活は楽にはならない。
私も、この子の父親も、ダンジョンの最深部まで潜って来た、元勇者だ。
ダンジョンの入口付近でも、結構いい稼ぎになるモノが手に入る事も知ってたからそうしただけだ。
息子が10才の頃に、田舎に広い農地を買った。
息子と一緒に、畑を耕した。
小さい家を建てた。
薬草を育てた。
森の獣を狩って、毛皮を取って、革製品にして、売った。
時々、ダンジョンに潜って、息子と一緒に少しづつ階層を進めていった。
私とあいつの息子だからか、腕の上達は良かった。怪我させないように、見守りながら、鍛えてやった。
自然と人を守る動きが上手になって、やがて私が息子に守られる側になっていた。
息子は、年頃になると、自分で探して来たパーティーメンバーの奴らと、他の地方のダンジョンを攻略しに行くようになった。
私の子育ては、それで終わった。
小さい家は、息子が旅立ってから私一人で暮らしていくには、ちょうど良かった。
時々、その家に、息子も帰って来た。
束の間の休日を、息子と一緒に過ごした。
そうやって、段々年を取っていって、やがては息子がこの家に帰って来て、この家が息子の家庭の拠点になるんだと、思っていた。
あの日までは。
あの日、あの女が、赤ん坊を連れて、ここを訪れるまでは……。
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