第4話【桃と、その柔らかな乳房】


ホテルを出たのは午前九時。

空はどこまでも高く、突き抜けるような快晴だった。

「空気がおいしい! 山梨に来て正解だったね」

隣でひかりが、夏の陽光に負けないくらいの笑顔を弾けさせる。

昨夜の彼女は、どこか誘うような小悪魔の顔をしていた。けれど、朝の光に照らされた彼女は、驚くほど涼やかで、そして美しい。

広瀬すずのように見える。

季節は七月。本格的な夏が始まろうとしていた。

目的地に到着し、車を降りる。

ひかりは期待に胸を膨らませるようにスタスタと歩き出したが、俺の足はどうしてもそれについていけない。

かつての事故の後遺症。

引きずるような俺の足取りを見て、彼女が足を止めた。

「どうしたの?……もしかして、昔の事故とか?」

その勘の鋭さに、心臓が跳ねる。

驚く俺の隙を突くように、ひかりは俺の手を強く、拒絶を許さないほどの力強さで握りしめた。

聡明すぎる女は少し苦手だ。

けれど――こんな風に、無言で寄り添ってくれる優しい女は嫌いじゃない。

目的の桃パフェ店は、すでに行列ができていた。

整理券を手に、待ち時間を利用して隣の店へ滑り込む。注文したのは、少し珍しい「桃のピザ」だ。

甘さと塩気が絶妙に絡み合う不思議な味。

「ここは私に任せて」

そう言って、ひかりがさらりと食事代を奢ってくれた。

食欲が細い俺に代わって、彼女は残りのピザを綺麗に平らげていく。

結局、二人ともパフェを前にしてお腹がいっぱいになってしまい、一つのパフェを分け合うことにした。

テラス席に運ばれてきたのは、器の上に鎮座する丸ごとの桃。

瑞々しく、産毛の感触さえ想像させるほどツヤツヤと輝いている。

――だめだ、どうしても重なってしまう。

剥きたての桃の曲線が、昨夜触れた彼女の乳房を、そしてお尻の感触を思い出させる。

目の前のスイーツよりも、隣で微笑む彼女の胸元、その深い谷間に意識が吸い寄せられていく。

「おいしいっ!」

ひかりはそんな俺の視線も知らず、幸せそうに頬を緩ませた。

降り注ぐ七月の太陽の下。

綺麗に皮を剥かれた桃と、彼女の笑顔。

どちらがより美しいのか、今の俺には判別がつきそうになかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る