主人公の『私』は実家が神社で、父が宮司だった。彼女は受験の時期や初詣のときなどは巫女服を着て、神社の手伝いをしていた。
だが、この神社には姿が見えない神さまがいた。幼い頃からその存在に気づいていた主人公は、ある日、耳元からとある声を聞いて——といったお話です。
詳しく話すとネタバレになってしまうのですが、まさに表裏一体だな、と思いました。繰り返し聞こえるあの声が、静かな迫力と厳かさを放っていて、とても面白く、恐ろしかったです。
凄惨な描写で読者を怖がらせるようなタイプのホラー小説ではなく、明確なホラーワードを使わずに、読者をじわじわ恐怖のどん底に突き落とす、超技巧派な作品だと思いました。
とても怖い作品でした。ぜひ、ぜひご一読ください!
古来より〝神〟と名のつくものは祝福や豊饒を与えるものだけではない。
災害をもたらす火山の噴火を『神の怒り』と称したり、それこそ『天罰』、『神罰』、『仏罰』と人間に対しては禍に近いものもそこにはある。
――何が早いのか。
主人公は見えざるものを見てきた。それが神職の家であり疑問に思わなくても〝神〟であると。
しかしながら、前述の通り人の物差しではかる事が出来ないものが〝神〟である。それが何者であれ、何を求めているのか、何を待っているのか。
――何が早いのか。
今年も果実がよくなっている。一つ、置いて待ってみよう。
ぷくり、ぷくりとそれは熟して、甘い香りが漂ってきている。
さあ、とろうか。
「まだ早い」
怖い話は、何からできているのだろう。
この物語を読んで、少なくともそのうちの二つはわかった。
物事に奇異なものが加わっている状態。
物事の奇異なことが説明されない状態。
これを描くだけで、ホラー小説の必要十分な条件を満たすことを教えてくれる物語。
それが本作だ。
主人公は幼い頃からずっと長い間、神らしきものの存在を感じている。
そして、その存在のお陰で振りかかる災禍から逃れ続けているらしい。
凶事がある毎に一言、同じ宣託を聞いていた。
だから彼女は、その存在が自分の災禍を除けさせたのだろうと思っている。
危機に際して告げられるのは、いつも同じ短い語句だった。
その言葉を素直に受け取るならば、時機を知らせている宣託だ。
その言葉の係わりを類推するならば、未だ彼女を手放さない事を伝えている宣託だ。
釈然としないのは、伝えられる言葉に説明がないこと。
主人公にも読む者にもない。
ただ一言、声がするだけだ。
違和感は、もうひとつある。
その存在を主人公が水たまりに映る姿として見た時の記憶だ。
その二つの事柄だけで、物語全体に不穏な空気が醸成される。
主人公の加護が良いことだと信じられなくさせている。
この構成が、凄い。
結末に主人公が思うこと。
それは自分の生死を決める存在への不審感だ。
生かされる者は祈願も同意もしていない。
勝手にそうなるのだ。
これは、なんなのだろう。
そして〝祝詞〟という、この作品タイトルは何を指すのだろう。
祝詞とは神への感謝や祈りの言葉である。
しかし主人公は作中で神らしきものへ何も伝えない。求めてもいない。
なのに、言葉は一方的に聞こえ続けるのだ。
不明確な個々の要素もまた、物語の中では明らかにされない。
積み重なったまま、据えておかれる。
だが、それでも読む者は納得できるはずだ。
説明されない事は、先に挙げたホラーが成り立つ条件である。
そして何より、現実世界がそうであるのだから。
生きる者はみな、本作の主人公と同様に自分の行く末も、そうなる理由も知らないのだから。
本作は怖さの最小構成を見せてくれる文芸ホラーであり、しかもその最上の部類である。
もしもこのジャンルが好きならば、読まない理由は、ないと思う。
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