自分らしい表現って、なんだろう? どうしたら、できるの?
絵やマンガ、音楽、そして、小説。何かを「表現」しようとした人ならば、一度は思ったことのある問いではないでしょうか。
本作の主人公である、ピアノ科の音大生の莉緒は、絶賛スランプ中。まさにこの問いの只中にいます。
そんなある日、莉緒は講師から、とあるバイトを勧められます。
それは、ある資産家の屋敷で、週1回ピアノを弾く、という内容です。
報酬は高額! おまけに時間は自由! 交通費別支給!
……それ、なんか裏があるヤツじゃない? ってなりますよね。
しかし、講師の強い勧めもあって、莉緒はしぶしぶバイトに向かいます。
そして、莉緒は知るのです。
この不可解なバイトの「裏」にあった「ブラームス」たちの思いを――。
と、こんな書き方をすると、怪しいミステリーの物語かな、と誤解されてしまいそうですが。
本作を一言で表すなら、私は「表現する人へのエールが詰まった、あたたかい人間ドラマ」だと言いたいです。
実際、私は本作を読んで、創作に向かうためのエネルギーのようなものを、もらった気がしました。
頑張っている人の姿が、誰かのエネルギーになる。
この不思議なエネルギーは、本作の中を巡り、そして、物語を通して、作品から現実世界の我々にまで届いたのだと思います。
それを本作のキーワードである「ブラームス」を使って言うとしたら、こうかな、と思いました。
次の「ブラームス」は、本作を読んだあなたかもしれない。
音大生の莉緒が紹介されたのは、週に一度、好きなだけピアノを弾くだけで高額な報酬がもらえるという、少し奇妙なアルバイト。
広大な屋敷、白いグランドピアノ、謎めいた資産家・柏城氏――序盤は「この屋敷には何があるのだろう」と、どこか不穏な空気に惹かれながら読み進めました。
けれど、物語が進むにつれて見えてくるのは、単なる謎ではありません。
コンクールで結果を出せず、自分の音を見失いかけている莉緒と、どこか掴みどころのない柏城氏。二人がピアノを通して少しずつ心を交わしていく姿が、とても丁寧に描かれています。
特に心に残ったのは、物語の後半で明かされていく柏城氏の過去。
それまで散りばめられていた違和感や噂の見え方が一変し、タイトルにもつながる音楽の意味が、より深く胸に響きました。
そして最後に響くブラームス。
美しい余韻を残すラストが、とても印象に残っています。
音楽を題材にした物語が好きな方はもちろん、夢を追うことや、人と人とのつながりを描いた作品が好きな方にも、ぜひ読んでいただきたい作品です。
誰かを想う気持ちは、言葉だけでは伝えきれないことがあります。この作品は、その「言葉にならない想い」を音楽に乗せて丁寧に描いた、とても美しい物語でした。
タイトルの『ブラームスが聞こえる』という言葉が、物語を読み進めるほどに深い意味を持ちはじめ、登場人物たちの心の揺れと重なっていきます。ただの恋愛小説でも、ただの音楽小説でもありません。過去と現在、喪失と希望が静かに響き合い、一つの旋律のように物語が流れていきます。
派手な展開ではなく、人の心をじっくり描く作品だからこそ、読み終えたあとに残る余韻は格別です。ページを閉じたあと、きっとあなたの心にも、ブラームスの旋律がそっと流れ始めることでしょう。音楽を愛する人にも、人を愛したことのある人にも、ぜひ読んでほしい一作です。