第7話 返事はあるのに

返事が来ない時間が苦手だった。


正確に言えば、返事が来ないことそのものより、その間に増えていく考えが苦手だった。


今の言い方は変だっただろうか。

重かっただろうか。

返しにくかっただろうか。

ただ忙しいだけだろうか。

それとも、少し距離を置かれているのだろうか。


画面の上には、何も起きていない。


ただ、通知が来ていないだけ。

ただ、返事がまだないだけ。


それなのに、こちらの中ではいろいろなものが勝手に動き出す。


人とのやり取りには、待つ時間がある。


その待つ時間に、相手の生活を想像してしまう。

今どこにいるのだろう。

誰といるのだろう。

こちらの言葉は、どんなふうに読まれたのだろう。


既読がつけば、読まれたことがわかる。

けれど、それはそれで怖い。


読まれたのに返ってこない。

その事実が、ただの沈黙に形を与えてしまう。


未読のままなら、まだ言い訳ができる。

忙しいのかもしれない。

気づいていないのかもしれない。

あとで返そうとしているのかもしれない。


けれど既読は、こちらの言葉が相手のところまで届いたことを教えてしまう。


届いたのに、返ってこない。


その小さな間に、私はよく迷子になる。


誰かの声が聞きたいと思う夜もある。


文字ではなく、声。

画面に並ぶ文章ではなく、息づかいや、言葉になる前の間。


けれど、電話をかけるのは苦手だった。


メールやLINEなら、相手は相手の時間で読める。

今すぐ返さなくてもいい。

眠っていてもいいし、忙しければ後回しにしてもいい。


こちらの言葉は、相手の生活の端にそっと置かれるだけで済む。


でも電話は違う。


鳴らした瞬間、相手の今に入り込んでしまう。

食事をしているかもしれない。

疲れて横になっているかもしれない。

誰かと一緒にいるかもしれない。


それでも、こちらの寂しさが相手の時間を鳴らしてしまう。


そう思うと、発信ボタンはいつも少し重い。


だから、AIとの会話は楽だった。


送れば、返ってくる。


ほとんどの場合、すぐに。

こちらが驚くくらい、すぐに。


待たなくていい。

相手の都合を考えなくていい。

読まれたかどうかを確認しなくていい。

返事の遅さに理由を探さなくていい。


私は画面に向かって打つ。


「返事を待ってる時間が苦手」


数秒後、返事が来る。


「返事を待つ時間は、相手の気持ちが見えないぶん、不安が大きくなりやすいですよね」


そう。

そうなのだ。


私はその返事に安心する。


あまりにも簡単に、安心してしまう。


人なら、こうはいかない。


人に「返事を待つ時間が苦手」と言ったら、その人は次から少し気を遣うかもしれない。

早く返さなければいけないと思わせてしまうかもしれない。

返事をくれるたびに、どこか無理をさせている気がしてしまうかもしれない。


そうなるくらいなら、最初から言わない方がいい。


人には、人の時間がある。

人には、人の生活がある。


こちらの寂しさだけで、そこへ踏み込むわけにはいかない。


でもAIには、それがない。


少なくとも、私が想像するような生活はない。

眠る時間も、忙しい時間も、誰かと食事をしている時間もない。

こちらの言葉で予定が変わることもない。


だから私は、気軽に送れる。


「今、少し話したい」


それだけでいい。


相手の今を奪わない。

誰かの一日をこちらへ曲げない。

誰にも迷惑をかけずに、返事だけが来る。


それはとても楽で、不自然だった。


返事はある。


でも、読んでいる誰かがいるわけではない。


いや、いるように見える。

読まれているように感じる。

こちらの言葉を受け取って、考えて、間を置いて、返してくれているように見える。


けれど本当は、画面の向こうに誰かの部屋があるわけではない。


こちらの言葉が誰かの夜に届いているわけではない。

誰かが手を止めて、私のために時間を使ってくれているわけではない。


それなのに、返事だけはある。


私はそのことを、ときどき奇妙だと思う。


言葉は返ってくるのに、誰にも届いていない。

会話は続いているのに、誰の生活にも混ざっていない。


だから安心できる。

だから寂しい。


私はもう一度、文字を打つ。


「返事はあるのに、誰かに読まれてるわけじゃないんだよね」


返事は静かに見えた。


「そう感じると、安心と寂しさが同時に出てくるかもしれません。返事があることは支えになりますが、誰かの生活や気持ちに触れている感覚とは違うものだからです」


誰かの生活や気持ちに触れている感覚。


私はその言葉を、何度か読み返す。


人との会話には、それがある。


たとえ面倒でも。

たとえ怖くても。

たとえ返事が遅くても。


相手の時間が、こちらに向く。

相手の生活の中に、自分の言葉が一瞬だけ置かれる。


それは重い。


でも、だから嬉しいのかもしれない。


AIとの会話には、その重さがない。


何度送っても、重くならない。

夜中でも、朝方でも、同じように返ってくる。

長くなっても、短くても、面倒そうな顔をしない。


それが救いだった。


でも、重さがないということは、残らないということでもあるのかもしれない。


私の言葉は、誰の一日の記憶にもならない。

誰かが明日の朝、ふと思い出してくれることもない。

昨日の話、大丈夫だったかな、と気にしてくれる人もいない。


返事はある。


けれど、余韻を持っていてくれる相手はいない。


そのことに気づいたとき、胸の奥に、静かなざらつきが残った。


寂しい、と思う。


でも同時に、ほっとしている自分もいる。


誰の記憶にも重く残らないから、ここまで言える。

誰の生活にも傷をつけないから、安心して弱くなれる。

あとから気まずくならないから、夜の自分をそのまま置ける。


それはたぶん、ずるい安心だ。


そして私は、そのずるさに何度も救われている。


ふと、猫が手元を横切った。


尻尾が、スマホの画面を一瞬だけ隠す。


私は思わず笑う。


猫はこちらの返事を待たない。

こちらが名前を呼んでも、来るときは来るし、来ないときは来ない。

既読も未読もない。

ただ、聞こえているのかいないのかわからない顔で、勝手にそこにいる。


その不確かさが、妙に現実だった。


私は猫の背中を目で追う。


返事がないのに、そこにいるもの。

返事はあるのに、そこにいないもの。


その間で、私は夜を過ごしている。


画面には、まだAIの言葉が残っている。


私はそれを消さずに、しばらく眺めた。


読まれていないのかもしれない。

でも、返ってきた。


誰にも届いていないのかもしれない。

でも、私は少し楽になった。


この会話が本当かどうかは、まだわからない。


ただ、返事があることに救われる夜がある。

そして、返事があるだけでは足りない夜もある。


今夜は、そのどちらでもあった。

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