第四幕 顧問と部室を奪い取れ
幽霊部員シバチー
第四章 放課後、居場所を取りに行く
第33話 幽霊部員シバチー
翌朝。
柳生アオイの机には、三種類の紙が並べられていた。
一つ目は、昨日シャイニードリームランドから受け取った、動画撮影とシバチー出演の条件書。
二つ目は、クロエがその内容を学校活動向けに整理し直した、安全規則の下書き。
三つ目は、レイカが授業中に考えたらしい、やたら派手な部員募集ポスター案だった。
紙の中央には、大きな文字で書かれている。
『怪異研究同好会』
その下には、青い炎と目玉と、なぜかサングラスをかけたシバチーらしき絵。
クロエは無言でポスターを持ち上げた。
「このシバチー、誰?」
「シバチーだけど?」
「サングラスかけてないでしょ」
「動画映えするかなって」
「勝手にキャラを変えないで」
レイカは唇を尖らせた。
「じゃあ目玉だけにする?」
「減らす場所が違う」
アオイは二人の会話を聞きながら、新しいノートの表紙を指でなぞっていた。
丁寧な字で、
『怪異研究同好会 活動記録』
と書かれている。
その下に、少し小さく、
『動画企画 妖怪けんきゅうじょ』
そしてさらに下には、
『検証協力員 シバチー』
と書かれていた。
「昨日、撮影の許可は取れた」
アオイが確認するように言う。
「シバチーにも協力してもらえることになった」
「そこまではいい」
クロエが安全規則へ目を落とした。
「でも、シャイニードリームランドから許可を取ったことと、学校で同好会として認めてもらうことは別だから」
「別なの?」
「別。昨日取ったのは、あくまでパーク側の撮影許可」
クロエは紙の端を指で叩く。
「学校で活動するなら、活動内容、参加者、安全管理、活動場所をまとめて申請する必要がある」
「もう活動内容はあるよ」
「参加者は?」
アオイは少し考えた。
「私と、クロエと、レイカ」
「三人」
「それと、シバチー」
「シバチーは生徒じゃない」
「検証協力員だよ」
「部員ではないでしょ」
レイカが机へ身を乗り出した。
「じゃあ幽霊部員じゃん」
クロエが止まった。
アオイも止まった。
レイカだけが楽しそうに笑っている。
「普段は学校に来ないけど、必要な時だけ現れるんだろ? 怪異研究同好会の幽霊部員。めっちゃ完璧じゃん」
「シバチーを幽霊にしないで」
「でも、言葉の意味としては合ってない?」
アオイがノートへ書き足した。
『幽霊部員 シバチー』
クロエがすぐにペンを取り、その文字へ線を引いた。
「正式書類には書かない」
「ノートには?」
「それも消して」
「記録だから」
「記録しなくていい」
アオイは少し名残惜しそうに、線を引かれた文字を見つめた。
「シバチー本人は、入ってくれると思う」
「昨日、手を上げてたやつ?」
「うん」
「あれ、降参じゃね?」
レイカの言葉に、アオイは首を振った。
「挨拶かもしれないよ」
「少なくとも入部の意思表示ではないと思う」
クロエは空白の名簿を机へ置いた。
「シバチーは外部協力員。学校側の参加者は、別に集める」
「じゃあ誘おうぜ」
レイカは迷いなく言った。
「使えそうな男子、結構いるじゃん」
「使えそうって言い方やめて」
「戦力になりそうな男子」
「ほとんど変わってない」
アオイはノートを閉じた。
「高瀬くんたちに、聞いてみる」
*
昼休み。
アオイ、クロエ、レイカの三人は、別のクラスを訪れていた。
教室の後方では、高瀬ハヤト、ノブオ、レン、鈴木太郎が昼食を取っている。
最初に三人へ気づいたのは、ハヤトだった。
「柳生さん。どうしたんすか」
アオイが持っているノートを見た瞬間、ハヤトの背中が少しだけ硬くなった。
昨夜、閉園後の会議室で見た資料。
『妖怪けんきゅうじょ』
『検証協力員 シバチー』
嫌な予感ではない。
何が起こるか、すでに半分知っているだけだった。
「相談があるの」
アオイは四人の前でノートを開いた。
「学校で、怪異研究同好会を作ろうと思ってるの」
「怪異研究同好会?」
レンが表紙を見る。
「動画の企画を、学校でもやるってこと?」
「うん。パークでの撮影許可は取れたから、今度は学校でも活動できるようにしたいの」
ハヤトは知っているはずのない顔を作ろうとした。
「撮影許可、取れたんすね」
「うん」
「シバチーも出るんすか」
「検証協力員として、協力してもらえることになったよ」
「そうなんすね」
我ながら、ひどく不自然な返事だった。
クロエがハヤトを見る。
「高瀬くん、驚かないんだね」
「いや、驚いてるっす」
「全然そう見えないけど」
「内側で驚いてるっす」
ハヤトは視線を逸らした。
アオイは特に疑う様子もなく、話を続ける。
「それで、学校側の参加者を集めてるの」
「要するに部員募集ってこと!」
レイカが横から言った。
「荷物持ち、音響、撮影補助、怪異が出た時の盾、その他なんでも募集中!」
「盾は禁止」
クロエが即座に訂正した。
「昨日決めたでしょ。シバチーも部員も盾にしない」
「言い方の問題じゃん」
「安全管理の問題」
ノブオは腕を組み、真剣な顔でノートを見た。
「調査対象が怪異である以上、危険性は無視できんな」
「危険な場所へ勝手に入ることは禁止してる」
クロエが答える。
「不審なものを見つけても、まず距離を取る。一人で追わない。続行より撤退を優先する」
「筋が通っている」
ノブオは大きく頷いた。
「ならば、俺も参加しよう」
レイカが目を丸くする。
「早っ」
「機材の運搬、足場の確保、避難補助。力が必要な役割はあるだろう」
「ノブオ、普通に頼りになるじゃん」
「俺は常に頼りになる」
「プロテイン料理作ってない時はね」
「あれも栄養面では頼りになる」
「味覚面で敵なんだよ」
アオイは名簿へ書き込んだ。
『ノブオ――機材運搬・安全補助』
その文字を見て、ノブオは満足そうに頷いた。
「俺も手伝う」
レンが静かに言った。
「映像や音を確認する人は必要でしょ」
「レンくん、音に詳しいもんね」
「詳しいってほどじゃないけど、他の人よりは分かる」
「入部決定!」
レイカが勝手に宣言した。
レンは少しだけ眉を上げる。
「返事はしたけど、決めるのが早い」
「嫌なの?」
「嫌じゃない」
「じゃあ決定」
「結局同じだった」
アオイは続けて書く。
『レン――音響・記録補助』
「そして、我が君」
鈴木太郎がゆっくりと立ち上がった。
窓から入った光が、なぜか太郎だけを照らしているように見える。
本人も、その角度を把握して立ったらしかった。
「君は今、人ならざるものが跋扈する世界へ、自ら足を踏み入れようとしている」
「普通に入るって言ってよ」
クロエが遮る。
「前口上の途中だ」
「昼休みが終わるから」
太郎は構わず胸へ片手を当てた。
「ならば、この鈴木太郎が光となろう。怪異、悪霊、魑魅魍魎。美しき僕を前にすれば、己の醜さを恥じ、涙ながらに成仏することだろう」
レンが淡々と言った。
「幽霊に見た目の価値観があるかは分からないけど」
「ある。美は世界共通だ」
「本人に聞いたの?」
「聞く必要はない」
「怪異研究の姿勢として一番危険じゃない?」
「入るの、入らないの?」
レイカが聞く。
「無論、入ろう」
「最初からそれだけでよかったじゃん」
太郎は髪を払ってから、ハヤトを見た。
「ただし」
声の温度が少し下がる。
「我が君の周囲にいる、そこの平凡なる男の監視も兼ねる」
ハヤトは自分を指差した。
「俺っすか」
「ほかに誰がいる」
「俺、まだ入るって言ってないっす」
「入らなくとも、存在が近い」
「存在の距離ってどうすればいいんすか」
「最低二メートル離れたまえ」
「同じ教室なんすけど」
アオイが太郎を見る。
「鈴木くん、高瀬くんを困らせないでね」
太郎の表情がわずかに固まる。
「我が君がそこまで言うのなら、今日のところは一メートルまで認めよう」
「縮まってない?」
「特別措置だ」
「誰もお願いしてないっす」
アオイは名簿へ書いた。
『鈴木太郎――対怪異補助』
太郎がすぐに覗き込む。
「待ちたまえ」
「どうしたの?」
「役職名が地味すぎる」
「申請書だから」
「“至高の光にして我が君を守護する唯一無二の聖騎士”と記したまえ」
「欄からはみ出す」
「では“至高のナイト”で構わない」
「対怪異補助でいい」
クロエが決定した。
「僕の美学が、制度によって削られていく」
「制度はそういうものだから」
残った全員の視線が、ハヤトへ集まった。
ハヤトは持っていたパンへ目を落とす。
すでに昨夜、シバチーとしての参加は決まっている。
ここで高瀬ハヤトとして断れば、今後さらに面倒なことになる。
だが、本人として加入すれば、部員と外部協力員を一人で兼任することになる。
名簿上では、二人。
中身は、一人。
仕事内容は、おそらく二人分だった。
「高瀬くんは、どうする?」
アオイが尋ねた。
「無理には誘わないよ。怪異が苦手だったり、動画に映るのが嫌だったら、撮影以外でもいいし」
怪異が苦手。
昨夜、ミクの前で言ったことを偶然言い当てられ、ハヤトは少し詰まった。
「俺は……」
少し考え、パンを机へ置く。
「手伝うっす」
アオイの表情が明るくなった。
「本当?」
「はい。俺にできることがあるなら」
「何ができる?」
レイカが聞く。
「荷物運びとか。危ない時に止めるとか」
「ノブオと被ってる」
「じゃあ……準備とか、片づけとか」
「雑用じゃん」
「雑用は必要っすよ」
ノブオが頷く。
「表に立つ者だけで活動は成立しない。裏で支える者も必要だ」
「ノブオがまともなこと言うと不安になるな」
「なぜだ」
クロエはハヤトを少し見た。
「高瀬くんは、現場補助でいいんじゃない?」
「現場補助」
「安全確認、準備、移動、必要なら撮影の手伝い。役割を一つに絞らず、その場で足りないところに入る」
「それなら、できると思うっす」
アオイが名簿に書き加えた。
『高瀬ハヤト――現場補助』
そのすぐ下には、
『外部検証協力員――シバチー』
ハヤトは、並んだ二つの名前を見つめた。
同じ人物が、同じ活動へ二人分登録されている。
誰にも言えない二重在籍だった。
「これで結構集まったじゃん!」
レイカが名簿を眺める。
「アオイ、クロエ、あたし、ノブオ、レン、太郎、高瀬。それから幽霊部員シバチー」
「幽霊部員ではない」
クロエが訂正する。
「シバチーは外部協力員」
「でもシバチーも一緒に活動するんだよ」
アオイが言う。
「学校には来られないけど」
「だから部員じゃない」
「幽霊部員なら学校に来なくても問題ないよ」
「問題しかないよ」
ハヤトは小さく息を吐いた。
幽霊部員。
学校には来ない。
必要な時だけ現れる。
正体は誰も知らない。
今の自分に、妙に当てはまっていた。
「高瀬、どうした」
ノブオが聞く。
「いや……シバチー、大変そうだなと思って」
「仕事だからな」
「そうっすね」
その言葉が、なぜか少し重かった。
*
放課後。
アオイたちは、空いている教室の一角に集まり、同好会申請に必要な項目を整理していた。
参加者名簿。
活動目的。
活動内容。
安全規則。
動画制作時の注意事項。
クロエが一つずつ確認し、アオイがノートへ書き込む。
レイカは募集ポスターからサングラスシバチーを消し、代わりに普通のシバチーらしき絵を描いていた。
前よりは似ている。
ただし、腕が妙に太かった。
ノブオが描いたらしい。
「これで申請できる?」
アオイが聞く。
クロエは書類を一通り見たあと、二つの空欄を指差した。
「まだ」
「何が足りないの?」
「活動場所と、顧問」
全員が黙った。
「場所なら、この教室でよくね?」
レイカが周囲を見る。
「ここ、今は空いてるじゃん」
「今はね。勝手に占有はできない」
「じゃあ、放課後だけ借りるとか」
「それも許可がいる」
アオイが尋ねる。
「顧問は、先生にお願いすればいいんじゃないかな」
「引き受けてくれる先生がいればね」
クロエの言葉に、太郎が腕を組む。
「つまり、我々には民も理念もある。だが、領地と後見人がないということか」
「珍しく分かりやすい」
「王国の建国には、まず領土が必要だ」
太郎が窓の外を見た。
「ならば、この学校そのものを我が君へ献上すれば――」
「しない」
「まだ最後まで言っていない」
「最後まで聞かなくても駄目」
レンが書類を見る。
「部室と顧問が決まらないと、申請できないってこと?」
「少なくとも、このままでは正式には認めてもらえない」
クロエが答えた。
レイカが椅子の背にもたれる。
「撮影許可取るより、学校の方が面倒じゃん」
「パークは社長とミクさんが判断できたからね」
「学校で決める人って誰?」
その問いに、クロエが短く答えた。
「生徒会」
アオイはノートの新しいページを開いた。
最初の行に書く。
『第一目標』
その下へ、二つ。
『活動場所』
『顧問』
そして少し考えてから、その上に書き足した。
『生徒会へ相談する』
「明日、行ってみよう」
アオイは静かに言った。
「部室と、顧問をお願いしに」
「素直にくれるかな」
レンが尋ねる。
「分からない」
アオイは正直に答えた。
「でも、聞かないと始まらないから」
怪異を調べるために作ろうとした同好会。
シバチーにも協力してもらえる。
部員も集まった。
それでも、まだ居場所がない。
怪異を見つけるより先に。
アオイたちは、自分たちが集まれる場所を探す必要があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます