天才ノブオくん

第十七話 天才ノブオくん


 金曜日。


 ハヤトの敵は、風船だけではなかった。


「小テスト返すぞー」


 教師の声で、教室が少しざわついた。


 ハヤトは答案を見た。


 悪くはない。


 よくもない。


 ハヤトらしい点数だった。


「ノブオ、何点だったんすか」


「九十二」


「は?」


「九十二点だ」


「……ノブオ、勉強できるっすもんね」


「うむ」


「いつ勉強してんすか?」


「?」


 ノブオは本気で不思議そうな顔をした。


「授業聞いていれば出来るだろ?」


「!?!?」


 ハヤトは答案を握った。


 レンが横から覗く。


「ハヤト、今すごい顔してる」


「そりゃするっすよ」


「何点だったの」


「聞かないでほしいっす」


「聞かなくても分かる顔してる」


「ひどくないっすか」


 ノブオが首を傾げる。


「何が分からん」


「それが分からないっす」


「わからんのがわからん」


「哲学っすか?」


 ノブオは少し考えた。


「授業中、先生が説明する」


「はい」


「聞く」


「はい」


「分かる」


「そこで分からないんすよ」


「なぜだ」


「こっちが聞きたいっす」


 昼休み。


 ハヤトは答案をノブオに見せた。


「ここ、教えてほしいっす」


「よかろう」


 ノブオは真顔で答案を見る。


「まず問題を読む」


「読みました」


「式を書く」


「書きました」


「計算する」


「しました」


「答えが出る」


「出てないから聞いてるんすよ」


 ノブオは黙った。


 ハヤトも黙った。


 レンだけが普通にパンを食べていた。


「ノブオ」


「うむ」


「人に教えるの苦手っすよね」


「苦手ではない」


「じゃあ得意っすか」


「分からん」


「そこは分かってほしかったっす」


 ノブオは答案を指差した。


「ここで間違えている」


「どこっすか」


「ここだ」


「なんで間違いなんすか」


「違うからだ」


「それは俺にも分かるっす!」


 レンが少し横を向いた。


「レン、笑ったっすよね」


「少し」


「正直」


 ノブオは真剣だった。


「授業を聞けばいい」


「聞いた上でこれなんすよ」


「なら、もっと聞け」


「脳筋すぎないっすか?」


 ノブオは不思議そうにする。


「脳も鍛えればいい」


「そういう意味じゃないっす」


 レンが答案を覗く。


「ハヤト、ここで符号間違えてる」


「符号?」


「マイナス」


「あ」


「そこから全部ずれてる」


「……レン、教えるの上手くないっすか」


「普通だと思う」


 ノブオが頷いた。


「分かったな」


「ノブオはほぼ何もしてないっす」


「見守った」


「監督ポジション取らないでほしいっす」


 ノブオは購買袋からパンを出した。


「食うか」


「なんすか」


「プロテイン塩メロンパン」


「情報量が多いっす」


「塩分、糖分、タンパク質を同時に摂れる」


「味は?」


「食える」


「評価軸が低いっす」


 レンが小さく言う。


「食える、は料理の褒め言葉じゃないと思う」


 ノブオは一口食べた。


 止まった。


「改良の余地がある」


「でしょうね」


「栄養設計は悪くない」


「食べる人間の設計も考えてほしいっす」


 ノブオは少し考えた。


「人間は複雑だな」


「今さらっすか」


 放課後。


 ハヤトは帰り道で足を止めた。


 店先に風船が並んでいた。


 赤、青、黄色。


 その中に、赤い風船三十個入りがあった。


 ハヤトは見なかったことにした。


 できなかった。


 店に入る。


 赤い風船をレジに置く。


「パーティーですか?」


 店員が聞いた。


「修行っす」


「はい?」


「パーティーです」


 店員はそれ以上聞かなかった。


 家に帰って、ハヤトは部屋で風船を膨らませた。


 一つ目。


 割れた。


「うおっ」


 二つ目。


 結べない。


「……これ、どうやるんすか」


 三つ目。


 結べた。


 その瞬間、手から滑って天井に飛んだ。


 ハヤトは天井を見上げた。


 赤い風船が、ふわふわ揺れている。


「風船は侮れん」


 ノブオの声が浮かんだ。


「知らないんすよね、何も」


 椅子に乗って、風船を取る。


 紐を結ぶ。


 強く握ると潰れる。


 弱いと逃げる。


 昨日のミクの声も浮かんだ。


 赤子を扱うように。


 女の子を扱うように。


 そこは思い出したくなかった。


「難しいっすね」


 風船は答えない。


 答えたら困る。


 もう一度、結び直す。


 今度は離さなかった。


 綺麗ではない。


 上手くもない。


 でも、逃げなかった。


 ハヤトは赤い風船を見た。


 次の土曜日まで、あと一日。


 授業を聞いていれば出来る。


 ノブオはそう言った。


 でも、ハヤトには無理だった。


 聞くだけでは足りない。


 見るだけでも足りない。


 やるしかない。


 ハヤトは四つ目の風船を膨らませた。


 今度は、割れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る