第三話 出会いは桜の下
いきなりだけど、私が「音無 桜」と出会い、同棲するまでの経緯を話そうと思う。
私が大学三年生になった春先のこと。桜が例年より少し遅い、4月の終わりだった。
私はいつも通り、キャンパス内の中庭にある桜の下のベンチで、一人昼ごはんを食べていた。
ここはいつも人が少なく、静かな場所で、中央に桜が一本植えられていた。
私はそれが満開になるのを、毎年ささやかな楽しみにしている。
座りながら上を見上げると、桜がまばらに咲き始めていた。
日差しも心地の良い暖かさで、ご飯を食べ終わったら少し寝ようかなと考えていた時だった。
「あの、お食事中すいません。横、いいですか?」
左から私に声をかけてくる女の子がいた。
「良いよ。どうぞ」
私も彼女に声をかけて、右にずれる。
「ありがとうございます」
そう言って、彼女は空いたスペースに座り、自分の太ももに弁当箱を広げていた。
弁当箱自体は、朱色の小さな物だったけど、中身はギチギチに詰め込まれていた。
「手作り?」
私は思わずそう聞き、彼女は恥ずかしそうに笑いながら、
「そうなんです。料理、作るのが好きで。ただ、ちょっと作り過ぎちゃうんです。いつも」
と答えてくれた。
「お昼ご飯、それだけですか?」
彼女も私の方を見て、尋ねた。
「え? あぁ、うん。そうだね。節約中」
彼女に言われた通り、私はクロワッサン一つと、小さなサラダボウル一つ。
節約中なのは本当だけど、サラダボウルは自分で作っている。
「それで足りますか?」
「食べすぎちゃうと眠くなるから、これくらいがちょうどいいんだよ」
私は最後のクロワッサンを口に
「……作りましょうか? お弁当」
「あはは。初対面の人に作ってもらうほど、
気持ちはありがたいけどね」
私は笑って返す。
それを見た彼女は、なぜか複雑な顔をしていた。
「そういえばだけど、名前、聞いてもいいかな? 私は『久喜野 夕』あなたは?」
「『音無 桜』です。一年生です」
やっぱりか。どうりで面識がないわけだ。
「あの、久喜野先輩。やっぱりお弁当、作らせて下さい!」
突然、彼女は大声でそう言った。
「う〜ん、さっきも言ったけど、自分でも作れるから大丈夫だよ。むしろ、音無さんの負担になっちゃう」
私は彼女の熱意に困ったけど、柔らかく遠慮した。
「なら、一緒に住みませんか? 私、今は実家から通っているんですけど、これから一人暮らししようと思っているんです。でも一人だと心細いですし、なにかあった時にもう一人いると安心なんです。どうですか? 久喜野先輩」
音無さんがぐいっと近づいてきて、私は心臓が跳ねた。
ビー玉みたいにきらきらした、大きな両目。
間近に見る音無さんは、紛れもない美人だった。
じゃなくて。
「いやいや。その前に一緒に住む!? どういうこと!? どうしてそういう話になるの!?」
「さっき言った通りです。久喜野先輩。私は久喜野先輩にお弁当を作りたい。でも渡す機会がない。なら、一緒に住みましょう。そういうことです」
い、一応、筋は通っている。でも、
「ここで渡せば、問題はないよ?」
「 久喜野先輩はそれで問題解決ですが、私は解決していません」
音無さんは少し、拗ねた言い方をした。
「その前に一つ聞いてもいい? 私がどうしてここで、お昼ご飯を食べていることを知っているの? あぁいや、たまたまだってこともあるだろうけど、ここはあまり人が来ない場所だし、音無さんの行動になにか意図を感じたというか、私に会いに来た感じがして……」
私は唐突にそんなことを音無さんに聞いた。
自分でもいきなり変なこと言っている自覚はある。あるが、どうしても聞きたかった。
「良く分かりましたね。さすが、久喜野先輩です」
そう、音無さんは答えた。やけに嬉しそうな表情と、それに似合わない、ぞくりと背中を寒気が這う口調。
私はなんだか、嫌な気配を感じた。
「お昼ご飯を久喜野先輩と食べたかったんです。そうして探していたら、ここにいたので声をかけました」
やっぱりか。
「どうして私と?」
「簡単なことですよ。久喜野先輩が好きだからです」
「……はい?」
私は思考が止まる音を聞いた。それは無音だった。
目の前の女の子はなにを言ったんだろう。
「入学して、少し経った日のことです。廊下ですれ違った久喜野先輩を見た時、一目惚れしたんです。私も女性にそんな気持ちを抱くなんて、変だと思ったんです。
でも日に日に確実な物になり、『間違いない。これは本物だ』と思ったんです。
それからは久喜野先輩を探し、見かけない日は落胆しました」
音無さんは淀みなく語り、次に「ごめんなさい」と謝った。
「いきなり言われて、迷惑なのは分かっています。でもさっき言ったことは、
全部本物で、本気なんです。久喜野先輩といつもいたい、私と付き合って下さい。
そして、一緒に暮らして下さい」
言葉が出なかったと言うより、どんな言葉を返せばいいのかが分からない。
私の目の前にいるこの女の子は、紛れもなく本気。そんなの目を見れば分かる。
だがそれに、私が追い付いていない。
(こういう時、恋愛経験や知識が豊富なら、どうにかできるのかな。
いや、関係ないか)
悪く言えばヤケクソ、良く言えば諦め、妥協の考えで出した結論を音無さんに伝える。
「音無さん。ごめんなさい」
「え?」
音無さんの顔が一瞬で曇る。
「あぁ、違うよ? 嫌いだとか、好きですとか、そういう話じゃなくて。
そもそも私は今日、音無さんを知ったばかりで、全く知らないの。音無さんの
ことを。それなのに、『はい良いですよ』とは言えない。
だからまずは、友達から始めない? 一緒に住むのは、まぁ構わないけど。
どう、かな?」
これが私の精一杯考えた答えだった。
それに音無さんは、果たして———
「ありがとうございます。では改めてよろしくお願いします。久喜野先輩」
安堵の表情を浮かべた音無さんは、右手を出し、握手を求めてきた。
「……よろしく、音無さん」
私も右手を出し、音無さんの手を握る。
こうして、不思議な出会いで桜と出会い、私の生活は一変していくのだった。
それからは、
「おーい、ご飯できたよ。夕」
またの機会で。
私はルーズリーフを綴っているファイルを閉じて、部屋を後にした。
私と彼女の日々 方繰 七重 @katakuri_nanae
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