第二章 飛び込んできたトラブル 1)嵐の来店

 トラブルはいつだって突然だ。

 ルシファー様が、店休日以外毎日コーヒーを飲みに来て2週間。

 その方は現れた。

「へー、繁盛してるじゃん」

 モーニングの時間帯、カランと来店のベルが鳴って入ってきたのは。

「え……あれ、サタン様じゃね?」

 銀髪を腰まで伸ばし、紅の瞳はまるで少年のように輝いている。人間の十代ギリギリと言っても通じるだろう。恰好もかなりラフで、街中に居てもなじむ格好をしている。ただし、その魔力の圧が強い。

 朝食を楽しんでいた下級悪魔のお客さんたちはざわついて、席を立ちあがる者までいた。

「いらっしゃいませ、1名様でしょうか……」

 思わず語尾が消え入りそうになる。

「ふふ、誰かと一緒に見える?」

 悪戯っぽく笑うサタン様に怒気は感じなかったが、魔力に気圧される。

「失礼いたしました!」

 思わず深々と頭を下げていた。

「えー、そう畏まらなくていいよ。僕、このカウンターがいいなぁ、ね、マギー?」

 マギーさんの人脈って底知れないな……。

「サタン様、執務を抜け出して来られたんですか」

 カウンター内にいたマギーさんが呆れた口調でサタン様に言う。

「うん、だってルシファーが最近楽しそうにしてるからさ!」

「来ますよ」

 忠告したマギーさんにサタン様はぽかんとしている。

「え?」

 バゴっと音がして、ドアが蹴破られた。蹴られたドアは悲痛な音を立てて倒れる。

「見つけたわよ!」

「やだー、リリス、もう来ちゃったの?」

 穴の開いたドアから入ってきたのは、スーツ姿の女性だった。

「これ、僕の妻のリリスでーす」

 水色の髪をお団子にして、眼鏡をかけたリリス様は、キッとサタン様を金色の瞳で睨む。

「おもいっきりサボってんじゃないの!」

「えー、でもリリスもルシファーの様子、気にしてたじゃん?」

「それがこの店にある、と?」

 サタン様はにっこり笑うと、ポンポンとカウンターの隣の席を軽く叩く。リリス様はすっとその席に座った。

「というわけで、おすすめのコーヒーを2つ、お願いしまーす」




「なんだこれは……」

 サタン様一行がコーヒーを楽しんでいる間に来店されたルシファー様が、無様に朽ち果てたドアのあった場所を通りながら呟いた。

「あ。ルシファー、遅かったね」

「私もお邪魔しております」

 一瞬ぽかんとしたルシファー様だったが。

「仕事を増やさないでください、サタン様」

 ため息をついて、そう言ってドアに修復魔法をかけたようで、蹴り破られたドアはみるみる直ってゆく。

「えー、ドアを壊したのはリリスだよ」

「サタンがサボらなきゃいいだけの話だわよ、そうでなきゃ私も無茶はしません」

 ドアが完全に直ったところで、ルシファー様が店内にやっとちゃんと入ってきた。

「俺もコーヒーを」

「ほらぁ、リリス、やっぱりここのコーヒーじゃん!」

「そのようですね」

「まさか、そのためだけに執務を抜け出してきたんですか……」

 ルシファー様が顔面を両手で覆って、今度こそ大きくため息をついた。苦労しているのが手に取るようにわかる。

「しかもここのコーヒー、ただのコーヒーじゃないね。美味しいだけじゃない」

 サタン様がふふっと悪戯っぽく笑って言う。

「え!?」

 何か、不手際でもしたかと私は身構えた。

「ありえないことだけど、多量のマナが入ってる」

 その言葉に頷くと、リリスさんも言った。

「えぇ、しかもこれはコーヒーを淹れている、彼女のマナかと」

 途端、店内の下級悪魔たちがざわつく。

「確かにコーヒーは美味しいけど、まさか、マナのせいだったのか!?」

「飲んだ日はやけに体調がいいと思ったんだ!」

 私、役に立ててたんだ。思わず胸が熱くなる。

「ルシファーはそれがお目当て?」

 コーヒーカップで口元を隠しながら、サタン様はルシファー様に問いかける。

「……っ!」

 不意を突かれたように、ルシファー様の顔色が悪くなる。

「俺はっ……」

 そっか、こんな私の事好きなわけないか。今度はチクリと胸が痛んだ。お目当てはそれだったんだ。

「ご馳走様でした、お会計をお願いしまーす」

「……はい、ただいま」

「何もしないと、あの子、他の誰かに攫われちゃうよ?」

 サタン様がルシファー様の隣を通るとき、小さく耳打ちした言葉は私には聞こえなかった。

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