第14話 三つの嘘
## I
榎本が大阪に戻って三日目、彼女のもとに一通の手書きの手紙が届いた。
メールではなく、手紙だった。白い封筒に普通の切手が貼られ、差出人の住所には彼女の名前と会社の住所が記されている。封筒の文字を見た瞬間、誰が書いたのかすぐに分かった——彼の万年筆の筆跡は、彼女の記憶とまったく同じだった。行間は均等で、文字はわずかに右に傾いている。彼女はペーパーナイフで封を切り、中の便箋を取り出した。
便箋は白地に横罫のメモ用紙で、普通のノートから切り取ったものらしく、端にはきれいな切り取り跡があった。彼の字は、彼女の記憶よりもやや小さかった。句読点はなく、一文ごとに一行を使っている。
高梨さん
東京から戻った翌日、あのカフェに行きました。
今回はあなたが座った席に座りました。
コーヒーを一杯頼んで、窓の外を眺めながら、あなたが新幹線で東京に戻るとき、何を考えていたのか思い巡らせていました。
あなたに会うたびに、知らない自分に出会う気がします。
そんなとき、時々怖くなることがあります。
でも、怖さよりも——
その一行は書きかけのまま、次の行に飛んでいた。
また手紙を書きます。
彼女はその手紙を三度も読み返した。そして、便箋を丁寧に折りたたみ、引き出しの一番奥のファイルにしまい込んだ。
---
午後、彼女は牧原に呼ばれ、応接室で来客にお茶を出すことになった。来客は会社外部の人物で、取引先の部長クラス、五十代で牧原より少し年上だった。彼女は茶托に載せたお茶を二人の前に置き、静かに部屋を出ようとした。そのとき、来客が口を開いた。
「牧原さんのところ、若い顔ぶれが増えましたね。何年かぶりに来てみると、受付から雰囲気が違いますよ。」
牧原の返事は極めて簡潔だった。「ええ。」
「今の若い人はすぐ辞めるって聞きますが、この方はしっかりしてそうですね。どちら——」
「——当社の社員についての話は、この辺で。お茶が冷めますので。」
来客の顔に一瞬驚きが走ったが、すぐに笑顔で茶碗を手に取った。彼女は部屋を退出した。ドアを閉める前、牧原の視線が一瞬だけ彼女の方をかすめた——ほんの一瞬だった。あの言葉で、彼は彼女のために境界線を引いたのだ。彼女は応接室のドアの外で数秒間立ち止まった。それから自分の席に戻った。「この辺で」という彼の言葉が、心の中で何度も反響していた。
## II
十二月中旬、丸越物産の年内最後の取締役会が終わった後、小さな会食があった——決算の締めと忘年会を兼ねて。場所は神田の居酒屋。例年なら二次会でカラオケに行くのが恒例だが、今年は一次会で解散となった。社長が風邪で欠席したためだという。彼女も一次会だけ参加し、終電前に店を出た。
浅草のマンションに着いたのは、すでに夜十一時を過ぎていた。コートも脱がず、暗いリビングのソファに腰を下ろす。窓から差し込む街灯の光が壁にぼんやりとした模様を描いている。彼女は灯りをつけなかった。ただそこに座り、闇に身を包ませた。
数分後、外からごく微かな音が聞こえた——ノックではなく、誰かが彼女のドアの外の壁にもたれかかったとき、布と壁が擦れる音だった。彼女は立ち上がり、ドアのそばへ行った。ドアは開けなかった。扉越しに彼に声をかけた。
「……社長?」
向こうはしばらく沈黙した。
「……灯りがついてなかったから、まだ帰ってないかと思って。」
彼女は暗闇の中でドアノブを握ったが、回さなかった。
「今、帰ったところです。」
「……そうですか。」
彼はそれ以上何も言わなかった。彼がもたれていた壁から、わずかな移動音が聞こえた——彼が体を起こしたのだ。そして足音。一歩、二歩。階段の方へ向かう途中で、彼の足音が一度止まった。
「——おやすみ。」
「おやすみなさい。」
足音は遠ざかっていった。彼女はドアの内側で長い間立ち尽くしていた。ドアを開けなかった。もし開けて、廊下の端で振り返る彼の姿を見てしまったら——今夜、彼を招き入れてしまうだろうと分かっていたから。まだ、断れない人を、泊めるかどうかも決めていない空間に招き入れる覚悟ができていなかった。彼女はドアを開けなかった。しかし、その「おやすみ」が扉を貫いて彼女の胸を打ち、一晩中、眠れぬ静けさを残した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます