たとえ話をしましょう
いま、あなたは5才のこどもです
お母さんが、目をつり上げてどなります
「何で、ちゃんとできないの?」
先生が、ヤマンバみたいな顔して言います
「何で、こんなことしたの?」
「何で」――その問いに、あなたは答えられますか?
何と説明したところで
何と言い訳したところで
お母さんも、先生も、納得しない
ゆるしてくれない
こちらの言い分は、すべてはねのけられる
相手は、自分が絶対的な正義を持っていると信じているから
あなたには、それがわかっているのに
何をどう伝えれば良いというのか
小さなあなたは、理不尽さを感じながら、身をすくめて、だまるしかない
そういう、「何で」の圧力
逃げることのできない恐怖
……それが、ここにはあります
ぜひ味わってみてください
「何で〇〇〇〇〇〇〇?」
【レビューコンテスト応募】
本作は、疲れた会社員が満員電車の中で見つけた空席に腰を下ろした瞬間から始まる物語だ。
物語の中で、人は死なない。
怪物も来ない。呪いもない。
本作で描かれる恐怖は〝ルール〟だ。
人間は社会的動物だと言われる。
社会とは規則を守る集団を指す。
だから人は、その場のルールを知ろうとする。
本作では誰もが従う奇妙なルールがある。
なのに、誰も主人公にそれを教えてはくれない。
皆がルールに従う理由もわからない。
本作を読む者は、理不尽に社会の常識から排除されている主人公の恐慌が伝わる。
それが、むやみに怖い。
〝何で座るんですかあ?〟
この言葉が反復されるにつれて、主人公の周りは現実感を失っていく。
そして最後の一文は、怪談の持つ本来の怖さをも存分に味あわせてくれる。
本作は奇妙なソーシャル・ノームの強制と伝播を恐怖として描いた優れた都市怪談である。
ご一読をお勧めする。
【レビューコンテスト応募】
主人公はお疲れ気味なんです。
でも疲れる自分を冷静に分析できる、しっかりした人なんです。
その彼の前に、電車の空席がひとつ。
やったー!と座るわけでは無いんですよ、彼。
色々心の内で「乗車は一駅だけど」とか「周りに妊婦さんいないし」とか考えちゃうんですよ。
そこはかとなく読み取れる、彼の根本にある生真面目さ。それで座るんですよね
空席に。
日常でありそうな、状況。
日常で言いそうな、心の内の言い訳。
大きな罪悪感があるわけではないのに、なんとなく言い訳しちゃうのが、なんだかとってもリアルなのです、が。
唐突に来る非日常な状況に、背筋が冷たくなりました。
そして最後のひと言。
空席はね、座っていいんですよ。
いいはずなのに、明日から空席を見かけたらきっと躊躇する。
ぜひご覧ください。
でも疲れが残って「明日の電車は座りてぇ…」とか思う時は、休みの前の日に読みましょう。
明日、空席見つけても座れなくなりますから、ね?
「自分だけが何かを知らない」。これは世の中のありとあらゆるフェイズに通ずる恐怖だと思います。
主人公は電車に乗り、席が空いている場所を見つける。
これ幸いとすぐに腰を下ろすことにするが、直後に周囲の空気がおかしなことに。
まさに「ざわ」と表現するしかないような不穏なもの。彼の行動を見て動揺が生まれていることが明らかになります。
その席には一体どんな意味があるのか? そこに座ってしまったことにより、どんな問題が生じるのか。
この感覚は、「特殊な地域(因習村など)に備わるローカルルール」にも通ずるものがあるし、「海外など異文化の中に秘められている地雷となるような行動」とも読めます。
現代人は色々なものが当たり前に情報化されているため、「知らない」というのはイコールで「自分自身の落ち度」であるように考えやすい。
だからこそ、こういう「みんなが知ってることを自分が知らない」ことが過剰な恐怖に感じられてしまう。
この奇妙な同調圧力とでも言えるような「空気」に触れてしまった主人公。
彼の身にはこれからどんな変化が起こるのか。
オチまで含めて、「現代人の心の中で起こっていること」を象徴的に描き出されているようで、ゾワっとするようなニヤリとさせられるような、強いインパクトを与えてくれます。
複雑すぎる「マナー」の世界とか、とても身につまされる作品でした。
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