囮になって欲しいと言われたけど倒してしまった件について

鐘ノ星小夜

 

 派遣社員、水瀬ほのか25歳です。会社を倒す派遣社員というのが一部で噂になってるみたいなんですが、私は平凡で平穏な仕事をしていたいだけなんですけど。真面目にやったら潰れる会社が多すぎるんです。まあ、氷河期が終わって淘汰されるべき会社が淘汰されるのはいいことなんで、止める気は無いんですが、なんで私が割を食わなくちゃいけないんですかねえ。最大多数の最大幸福のときに、自分が多数側とは限らないんですよねえ。

 大手商社から指名で派遣に呼ばれた。営業課長の畑勉(はた・つとむ)という人物だ。もうそれだけで、ほのかは嫌な予感がした。

 担当を挟んで面接のとき、ニコニコした畑にほのかは言われた。

「会社の構造改革に並々ならぬ手腕を発揮する方だそうで」

「ち・が・い・ま・す!」

 ほのかの強い否定に畑が嬉しそうにする。

「これはこれは。確かに頼もしい」

「でしょう。そういうことでしたら、うちの派遣でナンバー1ですよ」

 にっこりと相づちを打つ担当へほのかはにらみつける。

 担当が冷めた目で見つめ返す。

「そういうことをさせたくないスタッフとしてはワースト1なんですけどね」

 そう言われるとほのかも強く言い返せない。派遣会社が伝えなくても知れ渡っているとするなら、ほのかの仕事先探しに苦労かけているのは否定できない。

 しかし、言うべきことは言っておかなくてはならない。

「とにかく、私は事務員の派遣で、犯罪捜査とか、社内政治のためには仕事しませんからね」

「結構ですよ。事務派遣として『いつものように』働いてくれれば結構です。報酬だけは、弾ませていただきますが」

 畑が契約書の報酬欄を示す。5割増しの破格だ。

「水瀬の言うことは聞き流してください。いつも言ってることなんで」

「いやいや。自分の社会正義に忠実と聞いてますから、敵に認定されないように気をつけますよ。ところで、ご返事はいかがですか?」

 ほのかの言うことを担当も畑も聞きはしない。しかし、条件に不満はない。私はいつもどおり派遣社員として、平凡に仕事をするだけだとほのかは思った。

 ほのかは契約を結んで、派遣先に赴いた。

 そこでまた、畑からとんでもない紹介をされる。

「平凡なOLに見えるかもしれないが、こう見えても水瀬君は違法な会社を一つならず告発して倒産もさせたこともあるエリートだ。そこを見込んで私がわざわざ招聘した。扱いは普通の派遣事務だが、地位的には私の直下の独立部門だと思って欲しい」

 社員たちが値踏みする目から、ざわざわと不安を帯びたものに変わる。普通の仕事がやりにくくなるじゃないかとほのかは思ったが、ふと畑の紹介にも違和感を覚える。

 もし、本当にそういう社内の違法行為の摘発なら、伏せていた方が便利ではないか?

 ほのかはこれは割合重要なことだぞ、と考え、心に留め置くことにした。

 畑のトンデモ紹介によって、教育係でさえ腰が引きがちでやりにくかった。それでもなんとか仕事を覚えてこなしていると、他社員のミスを見つけた。ちょっと端末を調べて担当社員を特定すると、あまり騒ぐことではないので、そっと報告に行った。

「これ、予算の計上ミスだと思うんですが」

「ひっ、そ、そうだね。修正しておくよ。ありがとう」

 教えた社員は過剰とも思える反応をした。いくら畑の紹介が異常だからといって、この怯え方はおかしいんじゃないかと思った。さらに、社員はほのかのみならず、別の方向にも警戒していた。畑かと思ったら違って、畑のライバルである営業二課の課長である神崎富一だ。

 ほのかは気のせいとして、席に戻った。気のせいにしては異常だ。好奇心から調べるにしたって、いまほのかが気のせい以上に思っていると悟られるのは面倒くさい。

 知らない振りして作業を続けながら、ほのかは別社員の似たようなミスを見つけては作業保留に分類しながら、週末まで作業し続けた。そして保留のミスの傾向を調べながら、思ったより大きな問題に直面していると確信した。

 招聘した畑の席まで向かう。

「畑課長。週末の定期報告をしたいので、秘密が保たれる個室での会議をお願いします」

 根回ししてない話に畑がすこし慌てるものの、ほのかに話を合わせてきた。

「ああ、忘れてたね。他の予定を入れてしまっていたよ。どれくらいの時間が必要かな?」

「午後の、いつでも30分あれば十分だと思います」

「じゃあ、すぐしよう。空いてる会議室を見つけるから、そこで」

 畑はスムーズに部屋を押さえて、ほのかを案内した。

 到着してドアを閉めたあと、畑が座って話しかけてきた。

「いきなりびっくりしたよ。なにか見つけたかね?」

「課長が期待している事かどうかはわかりませんけど、今週だけでこれだけのミスがあります」

 ほのかが、持参したノートPCを開き保留に分類したファイルを見せる。

「ああ、確かにミスだね。数も少なくないが、額も少なくミスのうちだと思う。これがどうかしたかね」

「ミスというのはもっと乱雑なものです。これらは全て、予算は低く、成果は高い方にミスが起きています。確率的にあり得ません。そして、一つ一つは些細な額ですが、ミスの頻度を考えると無視できない額になります。これは組織的に大きな粉飾決算をやっている可能性が……」

 畑が手を出してほのかの言葉をさえぎる。

「一週間で見つけるか。いやはや。私は気がつくのに半年かかったんだがね」

「気づくのは大変ですが、私は問題があるという前提で呼ばれましたからね。そしてただのミスだと思い報告に行ったとき、社員の反応が過剰だったので。これは課長の紹介のおかげですね。首謀者は、営業二課の神崎課長じゃないんですか?」

「どうしてそこまでわかる?」

「動揺した社員がそちらを見て怯えたので。それ以降、ミス報告を保留しているのに、神崎課長の熱い視線を感じるので」

 畑がため息をつく。

「いやはや舌を巻くよ。想定以上だ。そうだ。神崎が私との出世争いで、粉飾決算をしても成績を上げようとしている。私はそれが社の致命傷になる前に止めようと尻尾をつかもうとしてるんだが、中々手強くてね。君を雇って、彼の注意を反らせれば楽になると思ったんだが、正直言って、君の手腕は私の想定以上だ。告発するかね?」

「私は平凡な派遣社員なので、特に指示がなければミスした人に指摘してそれだけですね。それでは課長の意向に反するのではないかと、確認したかっただけです」

「そうしてもらえれば助かるが、でもある意味で粉飾決算に加担するようなものだと思うが、君の社会正義には抵触しないのかい?」

「納得できていれば、収入のために良心に目をつぶる事は難しくありません」

「それでも、倒産させた会社もあるんだろう?」

「それはそれぞれの事情がありましたので」

「聞いてもいいかな。例えばどんな事情だい?」

「そうですね、なんか許せないほどムカついたとかですかね」

 畑がそれを聞いて破顔一笑した。

「契約時も言ったがね、君を敵に回さないように気をつけるよ。まだ協力してくれるかな?」

「よくわかりませんが、畑課長がやろうとしてるのは、社を壊しかねない粉飾決算の予防でしょう。普通にいいことなんじゃないですかね。好きで倒産させて社員を路頭に迷わせたいとは思いませんよ。社内政治でそれが誰の損得になるかは、別に興味ありません」

「全てではないけど、間違ってはないかな」

「それじゃ、いままでのやり方で上手くいかなかったのをなるべく詳しく話してください。もちろん話せる範囲で大丈夫です。私も鵜呑みにしませんから、必要なら適当に嘘をついてください」

「とりあえず下手な嘘をつく必要はなさそうかな。ええとね」

 畑は、気づいてから摘発しようとしても上手くいかなかったこれまでのことを話した。時間は30分以上オーバーしたが、畑は以降の予定をキャンセルして会議を続けた。

 ほのかは話を聞いて、分析し、提案した。そして持参したノートPCを閉じる。

「まずお聞きして思ったのは、システム管理者は敵に回っていますね。摘発計画やその情報は、社内のネットワークに接続しないことです」

「なるほど。そう思う根拠は?」

「相手の逃げ方が鮮やかで最小限過ぎます。畑課長が私以外に漏らしていないなら、可能性がそこしかありません」

「なるほど。たしかに。ではどうしたらいいと思う?」

「基本的に課長の路線でいいと思います。課長は正攻法で調査を続けて下さい。私は搦め手で情報や証拠を集めていきます。囮のつもりのままでもいいですし、私の方で成果を手に入れたらまた報告します。たぶん陽動と言うよりは、二正面作戦を強いるのに近いですね。神崎課長のやり方は狡猾ですが複雑すぎます。それだけでかなり負担が増えて、ミスは出やすいかと」

「私の方で気をつけておいた方がいいことがあるかね?」

「本当にそう必要と思うまでは、私を解雇しないでください。たぶん、畑課長がそう思う前に、私が証拠を手に入れると思いますが。神崎課長は私と似たタイプなので、どうするかはなんとなくわかるんです。でも神崎課長は、私がそうだとはまだ気づいてないでしょう。その間に速攻で決着をつけます。苦情がすごく来ると思いますが、その人物と内容だけ記録しておいて、無視してくれれば十分です」

「そんなことだけでいいのかね?」

「十分です」

「なにかずいぶんやる気を出してくれているみたいだが、なにか理由ができたのかね?」

「私、嫌いなんですよね。私みたいなやり方で人を操る人って」

 ほのかの言葉に畑が苦笑し了承した。

 翌週からほのかは本気で動いた。保留していた作業を終えて、社員に報告する。みんな一様に怯えて、神崎の様子を確認している。ほのかはそこに加えて、誰かに脅されて無理にミスをさせられていませんか? と鎌をかけていた。

 みんな同じように否定したが、それは予想済みだ。一週目はそれで終えて、ますます巧妙になっていくミスを、発見することに努力した。神崎がこちらの対処で済むと思っているうちがチャンスだ。

 ほのかは同じように摘発して報告しながら、すこしだけ言葉をつけ足した。

「私がこうしてるのは、みんな知っています。そこで多少の秘密が漏れたところで、誰が特定できるでしょう。あなたは誰よりも賢く立ち回るべきです。保険は二つ以上かけておくべきですよ。そもそも脅されているのは気分よくないでしょう。あなたが約束を守ったところで相手が守る保障は? 永遠にこうして利用されるだけかもしれませんよ。興味があったら連絡ください」

 そう言って、ほのかの個人連絡先を書いた切れ端を渡した。

 半分は受け取った。それでいい。そして、ぽつぽつと告白も来た。どうも神崎にミスを脅されたり、ときには冤罪を掛けられたりして、心ならずも協力している者が大半なようだ。あとは普通の社内政治で、畑課長をあなどって居るのだな。

 社内の派閥構成が見えてくると、ミスの発見も容易になった。粉飾もさらに巧妙さを増し、わかりやすいミスに紛れて、もっと大きな額のミスが行われていた。ほのかは記録を取りながらもわざと見逃し、それの総計と決算の予定を確認した。

 そして畑課長の定例会議で報告した。

「まずお約束して欲しいのが、告発者の保身に協力してあげることです。私で大丈夫なんでまず無いと思うのですが、畑課長から見て許せないのがあったらそれはそれでいいです。その判断は任せます」

「じゃあ先に、名前は伏せて神崎に握られている不祥事を話してくれるかな?」

「賢明な判断です。好感度プラスですよ」

 仕事上のミス。パワハラやセクハラを大袈裟にしたもの。個人的な負債や横領などだった。

「まあ、どれも解雇には値しないな。神崎のように要求もしない。その程度だったらなるべくフォローすると、必要があったら伝えてくれ」

「寛容ですね」

「君のおかげで、こちらの方もかなり調査が進んだ。もう告発にいける。それで気分がいいのもあるだろうね」

「では、私もすでに行われているわざと通過させた粉飾と、その計画の概要の予想。そして告発の協力を確約してくれた社員の名簿がこちらです。守秘上スマホですみませんが」

 ほのかが説明を加えながら、スマホにまとめた資料を見せていく。

 畑がため息をついて顔を覆った。

「これは、会社が倒産するわけだ。私の君のどちらかでも、とどめになるな。どうしようか」

「課長の案をベースに、足りなかったら私のデータをダメ押しにする感じで。そしてタイミングは早いほうがいいですが、よければ、私にタイミングを作らせてくれませんかね?」

「タイミングを作る?」

「粉飾の手伝いでだけでなく、脅迫で強引に愛人にされたり、奥さんに手を出されてる人も居るので。その人たちにも復讐させてあげたいんです。同時に起きますから、そのときに会社で粉飾決算の動議を出してください」

「そんなことどうやって調べたの?」

「粉飾の隠蔽に必死なようで、自分自身のスキャンダルのガードがゆるかったんですよ。懐柔作戦のついでで楽勝でした」

「怖い子だね君は……」

「悪いことしない人には無害ですよ。それでは、誰が見ても神崎課長のプライベートが忙しくなったときに決行で、よろしいですか?」

「断ったらどうなるの?」

「特に。畑課長の派閥に寝返るのが、数人減るくらいですかね。それくらいは目をつぶりますよ。でも、かわいそうじゃありません? 騙されて愛人させられてる人とか、奥さんにまで手を出されてるのに気づいてない人とか」

「そう言われると、神崎にすらすこしやり過ぎだと思ってたけど、やる気が出てきたね。そちらのタイミングで行こう。神崎が会社に残れないように徹底的にやるよ。その人たちにも、訴訟関係で費用が要るなら援助すると伝えておいていいよ」

「それは事後に、課長がその目で確認して、言ってあげる方がいいですよ。私は会社に残りませんからね。それでは」

 ほのかは畑に別れを告げると、下準備した。粉飾の協力者としての証拠を握っていると、神崎とそういう関係にある人物を一斉に呼び出し、神崎の悪行を暴露して互いを互いの証人としたのだ。特に奥さんを寝取られていた男子社員の怒りは激しかった。

 将来的に妻の座に納まるならと考えていた女子社員も、神崎が二股以上を掛けていた上に、出世も怪しくなるとその男子社員に同調していく。

 ほのかは彼らに、神崎を告発するなら社内的にも手助けする人がいるとささやいて、決起日を週明けの月曜日にした。そして畑に連絡する。

 月曜日は重役会議だったが、社員からの不貞の同時追求で、神崎は欠席した。神崎の居ない中での粉飾決算の告発は効果的だったようで、畑課長から後で聞いたところによると、ほのかの作った資料も効果的だったようだ。神崎を支持していた幹部の関与を、上手くぼやかしていたのが特によかったらしい。

 そのころまだ、職場で男女の痴情沙汰でもみくちゃにされていた神崎に、畑がやってきて、粉飾決算の露見と、それの告発に協力してくれる者の無罪を宣言した。

 まずほのかから話がついていた数名と、それを見て変心した者が十数名。そして、観念したように渋い顔で数名が畑課長へ話しかけた。

 畑課長は証拠と名前を記録したあと、後日意向を配慮した対応を約束した。そして席を立つと、痴情のもつれでまだ神崎をつかんでる男女たちへ、裁判沙汰で経済的な問題があるようなら、相談に乗れるかもしれないから連絡して欲しいと個人連絡先を渡していた。

 パーフェクトだ。ほのかも満足げにそれを眺めていた。

 後日、ほのかは派遣会社から怒られたので、畑課長に苦情を入れていた。

「どういうことですか」

「いや、おかしいな。絶賛しておいたんだが」

「そこは絶賛じゃなくて、平凡で普通に役に立ったでいいんですよ」

「ああ、そうか。気づかなかったよ。すまんすまん。いまから訂正しておこうか」

「もう無意味なんでいいですっ。はぁ……」

 今回も幸福になる多数派になれなかったほのかは、最後の詰めが甘かったと反省した。

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囮になって欲しいと言われたけど倒してしまった件について 鐘ノ星小夜 @kanenohosi

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