最悪な共闘
廊下を歩く足音が、いつもより大きく響く。
自分以外の足音が後ろからついてくるのが、不思議で、慣れなくて、妙にくすぐったかった。
目的の病室の前に着き、足を止める。
途端に、心拍数が跳ね上がった。
こんなに緊張することでもないだろうに。
今まで、“友達”なんて存在を家族に紹介したことがなかったからだろうか。
すると突然、後ろから伸びてきた手が、勝手にドアをノックした。
「ちょっ、おまっ!」
「直前になってうじうじすんなよ。ほら、早く」
「……姉さん、帰ったよ」
そう言ってドアを開けると、姉さんが笑顔でこっちを見た。夕方の光が窓から差し込んで、姉さんの肩を柔らかく照らしていた。
「おかえり。その人がお友達?」
「ただいま。……まぁ、そんなとこ」
誰かを“友達”と呼ぶことに慣れていなくて、つい歯切れが悪くなる。
その時、後ろにいた高瀬が一歩前へ出た。
「はじめまして、お姉さん。高瀬柊真です。依にはいつもお世話になってます」
依。
その呼び方に、思わず耳を疑った。
「おまっ、なんで名前——」
小声で抗議すると、高瀬も小声で返してくる。
「お姉さんも久世さんなんだから、名前で呼ぶしかないだろ。少し考えれば分かりそうなもんだけど」
その物言いに、思わずカチンと来る。
「嫌味言わなきゃ会話できないわけ? わざわざ言い直すほどでもないでしょ」
「別に友達設定なんだから名前呼びでもおかしくないだろ。いちいち過剰反応しすぎなんだよ。疲れないの?」
「あんたといるだけで十分疲れるんですけど!?」
最初は小声だったはずなのに、気づけばいつもの調子で言い合っていた。
「……ふっ、あははっ」
その時、明るい笑い声が部屋に弾けた。
俺たちは同時に言い争いを止め、姉さんの方を見る。
「ご、ごめんね。あまりにも息ぴったりな喧嘩だったから、つい」
まだ笑いの余韻が残っているらしく、姉さんは肩を震わせていた。
その姿につられて、俺まで少し口元が緩む。
「姉さん、笑いすぎだって」
「だって、依って家族以外にはずっと素っ気なかったでしょ? だから、こんなふうに言い合える友達ができたんだなって思ったら、嬉しくて」
その言葉に、一瞬だけ返事が詰まる。
……そんな顔、するんだ。
「……そ。姉さんが満足したなら、それでいいよ」
照れ隠しみたいにそう返すと、姉さんは柔らかく笑った。
「高瀬くん、だったよね。依って学校ではどんな感じなの? ちゃんとやれてる?」
「ちょ、姉さん、そういうの本人の前で聞く!?」
「そうですね。学校での様子って言われても、俺は部活くらいしか知らないんですけど——」
「無視して話進めないでくれる!?なんでお前も乗り気なんだよ!」
抗議したはずなのに、二人とも聞く耳を持たなかった。
「依ってずっと喧嘩腰で素直じゃないんですけど、俺がいつも飲んでるジュース覚えてたりとか、結構周り見てるタイプなんだなって思いました」
「はっ!?」
「分かる。依、昔からそういうとこあるよね。頼んだことは絶対やってくれるし、頼んでないことまでやってくれるし。本当に優しい子なの」
「ちょっ……!」
「そういえば前、恋愛小説読んで泣いてましたよ。たしか今、お姉さんの棚の上に置いてある本です」
「違っ!!」
「依、昔から泣き虫だったもんね。中学の時も——」
「二人ともいい加減にしろって!!」
褒め攻撃なんて慣れていない。
しかも二方向から同時に来るなんて、耐えられるわけがなかった。
顔が熱い。
絶対、今かなり赤い。
「なんなのさっきから! そんなんで喜ぶ奴いるわけないだろ!」
「高瀬くん、今のは“嬉しい”って意味だから」
「俺もなんとなく分かってきました」
「だから聞けって!!」
これ以上ここにいたら、本当にどうにかなりそうだ。
そう思って、逃げるように病室を飛び出した。
背後からは、まだ楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
……あの二人、案外似た者同士なのかもしれない。
厄介なのが、一人増えた。
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