17-3 その後の顛末
※
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
お茶を終えた私は、ベッキーに付き添われながら温室を後にした。
隣接する王女宮の廊下を通り抜けて、誰の敷地とも判然としない王宮の中庭を歩いた。そこで偶然、出会ったのがケイン様だった。
彼は顔を引き攣らせると、不自然な程、視線を背けた。
こんなところで鉢合わせになるだなんて……。私だって、気まずい。でも、無視するわけにはいかないから、私はお辞儀をした。
「ごきげんよう。ケイン様」
「ああ。久しぶりだね、エレノア……嬢」
もう婚約者でもなんでもないのだから、彼は以前のように私を呼び捨てしない。未練など何もないと思っていたけど、私は確かに一抹の寂しさを感じた。
私は彼を見据える。
夕日に照らされた彼の顔は、少しやつれているように思えた。
さっき王女殿下から聞いた話によると、ミランダの事件の調査は、ケイン様にも及んだらしい。彼は、アーサー様の殺害をミランダに指示したのではないかと疑われたのだ。
勿論、そんな事実はどこにもない。あれはミランダが勝手に暴走しただけで、彼は、私達がシリナ湖に行ったことすら知らなかったのだから。
長い調査の末、彼の疑いは晴れたものの、彼は国王陛下から酷く嫌われてしまったらしい。学園卒業後から就いていた軍の名誉職を解任されて、今は王宮内で謹慎処分を受けている。
ケイン様がこんな目に遭ったのは、彼の腹違いの兄を王太子にと仰ぐ第一王子派の陰謀に違いない。第一王子派はこれまで、事あるごとにケイン様の失脚を狙って嫌がらせをしてきたのだから。
私は彼を気の毒だと思った。けれど、今の私が彼のためにできることは何一つなかった。
私は最早婚約者ではない。それどころか、モニャーク公爵家と第二王子派は対立関係になってしまっているのだ。それなのに、私がケイン様のために動いたら、政界にどんな影響を与えるのか。そのリスクを背負ってまで、私が彼を助ける義理はなかった。
風が私達の間を吹き抜けて、髪を揺らした。
それを合図とするように、私の後ろにいたベッキーが前に出た。
「すみません、モニャーク公爵令嬢が帰られますので。これで失礼します」
ローズ王女殿下専属侍女であるベッキーからの言葉に、ケイン様は顔を歪めた。
それで彼は自分の今の立場を、嫌でも理解させられただろう。
侍女のベッキーが、主人の異母弟のケイン様に「先に行く」と告げるのは当然、失礼に当たる。けれど、ベッキーは、それを気にしていない。彼女は彼のことを実質的に失脚したと思っているのだ。だから、こんな風に強気に振る舞えるのだ。
私は髪の毛を軽く手で整えてから、「失礼します」と別れを告げた。そうして立ち去ろうとした時、ケイン様が「待ってくれ」と言った。
私は足を止めた。
「ミランダのことは、その。……すまなかった」
ケイン様は疲れ切った顔を俯かせた。
「過ぎたことですし、ケイン様には関係のないことですから。気にしないで下さい」
「……君の言っていたことが、今になって分かったよ」
とても小さくて弱々しい声だった。いつも強く自分を大きく見せようとしていた人とはとても同じ人間だとは思えなかった。弱くてみじめったらしかった。
「付き合う人間は選ぶべきだった」
「そうですね」
「ミランダには、大人しく家にいるように言っていたんだ。それなのに、イアンに付き纏っていたらしい」
「はい」
「捕まってからも、仲の良い男友達に手紙を送っていたそうだ。『私は悪くない。助けて』って。みんな無視したらしいけれど」
その噂は私も聞いた。今では政務官や軍人、法学者となった攻略対象達に、助けを求めた手紙を送ったと。
しかし、彼らからしてみたらミランダと親交を持っていた過去は黒歴史でしかない。アーサー様に危害を与えようとした彼女と関わることを選んだ人は一人もいなかったそうだ。
「エレノア嬢、教えてくれないか」
「何をでしょう?」
「俺はこれからどうすればいいのか。俺は今になって、やっと気づいたんだ。君ほど熱心に助言をくれた人はいなかったって。だから……」
「ケイン様」
私は彼の言葉を遮った。
もう、こんなあなたを見ていたくなかったから。
「私達は、もう、婚約関係にないのです。それに、あなたが一方的に婚約を破棄したことによって、今の私達の関係は決して良いとは言えません。だから、私があなたを助けることはありませんの」
言っていて何だか泣きそうになってきた。涙をぐっと堪えてケイン様を見る。
「でも、あえて言わせていただくなら……。これからはこれまで以上に、行いには気をつけてください。あなたの身の振り方一つで、周りの対応が変わってくると思いますよ」
━━これは最後のアドバイスだ。だから、どうか、あなたの心にちゃんと届いて欲しい。
「それでは。失礼いたします」
さよなら。一時でも幸せな夢を見せてくれてありがとう。
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