第11話 弟 神崎隼人
梅雨入り前なのに、今日はあいにくの雨。
怪我も回復して、僕もまた遺品整理に参加しても良いと言われた。
相変わらず父さんも母さんも、あの部屋にあるものを何一つ捨てていない。
真夜中の探し物も続行しているみたいで、あと少しで四百に届きそうなぐらいなのに目的の物は見つかっていないらしい。
玄関がどんどん狭くなっていって「さすがに捨てようよ」と促してみても「いやまだ……」と、父さんが踏ん切りがついていないようだった。
この頃になると、蒸し暑さもあいまって気持ちを抑えるのが大変だった。
『父さん、母さん、何を探しているの』
僕のシナリオを肯定するような言葉が出てくるのが怖くて、聞けずにいた。
僕がたどり着いてしまった最悪のシナリオをひっくり返すような、それこそ本当にただ捨てるのが面倒くさいんだと言ってくれるのか……。それとも……。
あの日母さんと姉貴とで持ち上げた棚は、玄関先に置かれて雨ざらしになっている。アルバムとおばあちゃんの写真だけは避難させて、クソジジイの過去の栄光はそのまま雨ざらしにしてやった。
「……誰のせいで…………」
「ね、ホント、誰のせいなんだって感じ」
「え……」
「え、って……。隼人が言ったんじゃん」
「あ……うん……」
「あーあ! 今頃みーんな、高校最後だからってデートしてるんだろうなぁ」
高校に入ってすぐに彼氏が出来たとは聞いていたけど、最近話しを聞かないからきっと上手くいってないんだろうなと思っていたのに、別れていたのは初耳だった。思えば……クソジジイが死んだあたりから聞いていない様な気がする。「独り身さみしー!」と言いながらソファの横にあった机を両手で持って部屋から出てきた。
「言ってよ。僕も手伝うのに……」
「大丈夫、さすがにこのサイズ一人で持てない程弱くないから」
「そう言う問題じゃなくて、協力したいって意味なんだけど……」
「なら荷物運びなんかじゃなくて、別の事協力してよ」
別の事。
心臓が嫌な音を立てて跳ね始める。
胃袋や、それより下の内臓が口から出てきそうな程、僕の中の『嫌な予感』がもしかしてと脳みそに話し始めた。
一緒に探し物をしてほしいって言われるんじゃ……。
「あの棚の中に残ってる物が無いか確認したら、おばあちゃんの寝室の方の棚の中身出して運びやすい様にしておいて」
「…………なんだ……」
「何よ、なんだって」
「あ、ううん……なんでもない、わかった……」
「……あ、隼人」
雨ざらしの棚に行こうとする僕を、姉貴は引き止めた。
左側に居るから顔はあんまりよく見えないけど、笑顔でない事だけはわかる。
「なに……?」
「あ……ううん、じゃ、よろしくね」
何だったんだろう……。
まぁいいや。僕は僕で、探し物をしよう。
まだ真夜中の探し物を記録している日々だけど、その中で考えた。
もし母さんと姉貴の探し物が灰皿で、それが僕たち家族の秘密になってしまうようなら……僕が一番最初に見つけ出して捨てようって。
あの日母さんは慌てて救急車を呼んで、父さんと姉貴と僕で静かに夕食を食べて帰りを待っていた。もちろん救急車に乗り込んだ母さんの帰りを。
クソジジイが居ないという事は、静かで平和なはずなのに。
それでもあの重苦しい空気で誰も喋らず、母さんが作ってくれた夕食を機械の様に食べていた。味を感じる余裕も無かった。
傘をさして、棚の前に立つ。
壊れたガラス戸に気をつけながら、僕は一つ一つ引き出しを開けていった。
入っているわけない。
だってこれを運び出したのは父さんと僕で、母さんと姉貴が中身を全部出したはずだから。だから引き出しには何も無いはずなんだ。
でも今回は僕も目的がある。
本当に万が一回収し忘れがあったり、何かしらのギミックで隠し扉があってその奥に隠しているものが無いか……そしてそれが灰皿なんじゃないかと、僕も探し始める。
可能性はだいぶ低いけれど、それでも探す価値はあると思った。
引き出しは雨水を吸って木材が膨張している。
引き出すのもしまうのも大変だった。
僕があの日のクソジジイの様に下敷きになるんじゃないかと思う事が何度もある程にぐらぐらと揺れて、その度に抑えてを繰り返す。
全部の棚を見終えた時には昼を過ぎていて、見つかったものと言えば画鋲や一円玉ぐらい。目的の灰皿はおろか、秘密にしておきたくなるような物は何もなかった。隠し扉があったら少しは上向きになったのにな……。
「隼人、ご飯だぞ」
今日は青椒肉絲だ、とニコニコしながら父さんが声をかけてくれた。
「相変わらず好きなんだね、青椒肉絲」
「そりゃあなぁ。母さんが作る青椒肉絲、うまいだろ?」
「うん。おいしい。ねぇ、今日はこの後も整理するの?」
「お母さんはこの後パートだし……この雨だからなぁ、少しのんびりしようと思ってるよ。茜も受験勉強するって言ってたしな。隼人はどうする」
「……じゃあ、僕も勉強しようかな」
「そうか。じゃあいっぱい食べなさい」
「眠くなっちゃうから、ほどほどにするよ」
へへ、と僕もつられて笑う。
遺品整理さえ無ければ、こんな些細な会話すら幸せなんだろうと思った。
姉貴も僕も年齢的には反抗期なのに、それらしい事を一つもしていない。
姉貴はどうか分からないけど、僕は反抗しようとか、僕という主張をしようという考えもしない。そんな必要ないから。
僕は僕として家族が受け入れてくれるし、そんな僕を誰も反対しないから。
僕は今、恵まれていると思っている。
たとえ左目が見えなくても、僕は、恵まれている。
僕の家族はこんな会話にさえ飢えているんだと痛感する瞬間だった。
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