第七話
「別に当主なんかなりたくなかったのになぁ。普通の女として生きていたかったのに……蓮司のお嫁さんになって、子供を授かって、幸せになりたかったのになぁ」
嘘ではなく、図星だ。
それは心の中で押し殺してきた夢。
強く、優しく、時には諭してくれる――憧れの従兄弟への淡い恋心は、誰にも打ち明けたことがない。
それを言い当てられ、改めて自分勝手な想いを心の奥に秘めていた自分の未熟さに気付き、自責の念で集中力が切れる。
剣を握る力が抜けそうになるが、落とす寸前で拾い上げた。
何とか構え直すものの、次の攻撃へ踏み込めない。
「……楽になろう、なあ、楽になろう。今、しんどいだろう?楽になろう……もう、死んじゃえよ。蓮司は、お前の事……気にも止めてない。……振り向いてくれない」
『……ガキの当主の元で、命をかけて闘って犬死にしたくねぇからだ』
蓮司のあの言葉は、倫に守らせてくれない。
倫を拒絶していた。
視界が歪み、剣先が定まらない。
「……なあ、死のうぜ。死んで、式神になっちゃえよ。そうしたら、考えなくてよくなる。楽になるぜ……人間なんて、止めちまおうぜ」
死への誘い。
それが救いに見えてしまうほど、倫は追い詰められていた。
にたり、と一つ目の鬼が笑う。舌舐りをし、素早く倫へ突進して斬りかかる。
反応が遅れた。
「倫!」
紫苑が倫の前へ飛び出し、庇った。
倫の命は守れたが、紫苑の片腕が犠牲になった。
――それは、あの記憶と重なる。
倫は絶叫し、鬼を一撃で仕留める。
真っ二つになり、絶命して灰となるが、倫は見向きもしなかった。
苦痛に顔を歪め、蹲る紫苑の元へ駆け寄る。
「……鶯鵺、紫苑を治療しろ!腕が治らなかったら、お前を斬る!!」
今まで命じたことのない口調で、倫は鬼気迫る形相のまま鶯鵺に怒鳴りつけた。
不可能を許さぬ命令。
「……御意」
鶯鵺は、倫の態度がどれほど切迫していても変わらず、恐れることなく淡々と命じられた通りに動いた。
「……り、ん……僕は、ずっと死にたくて……生きるのが怖かった……」
紫苑は震える唇を開いた。
「紫苑、喋るな!今は……」
「……でもね……今は、死にたくない……だから、絶対……死なない」
紫苑はそう言い切り、意識を手放した。
鬼だった時とは回復機能が違う。
紫苑は、生死の瀬戸際に立っている。
新しく腕を再生するには時間がかかると瞬時に悟り、倫は地面に転がる紫苑の片腕をそっと拾い上げ、大切そうに抱えた。
融合させる方針で、倫は低い声で指示を出す。
鶯鵺は錫杖を鳴らし、呪文を唱えた。
朗々と、腹に響く声だ。
断絶された腕が蘇生し、再び融合する。
血の気を失い、虫の息だった呼吸も、徐々に戻っていく。
紫苑は一命を取り留めた。
息を吹き返した紫苑を見て、倫は安堵のあまり胸を撫で下ろした。
紫苑の腕が斬られた瞬間、鬼を斬り倒したのだと倫は思っていた。
しかし、一つ目の鬼も、元々は鬼として生まれた存在ではない。にたり、と笑う口が忘れられない。
様々な鬼の姿が脳裏を過る――それらは皆、かつて人だった。
白蓮の鬼が、胎内の赤子に呪いをかけ、鬼へと変えてしまった。
倒すべき鬼は、他にいる。
――それは、あの……。
そこまで考えた瞬間、ぷつん、と倫の中で何かが静かに切れた。
己が弱い。何故だ。
鬼を散々倒してきたではないか。
何を恐れている。
式神になる覚悟があるなら、もっと、するべき事がある。
「……私が、白蓮の鬼を倒し、焔家の因果を終わらせる」
次期当主に願いを託すだけでは、次に生まれてくる命を守れない。
倫は覚悟を決めた。
白蓮の鬼だけが、呪いではない。
この因果を終わらせない限り、本当の安寧は訪れない。
運命に翻弄される――それは、もう御免だ。
気を失った紫苑を肩に担ぎ、倫は歩き出した。
あの夜とは違う、新たな決意を胸に抱いて。
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