第七話

緒は、八才年が離れた従兄弟、蓮司に憧れていた。闊達で物怖じしない、緒がけたたましい鳴き声で木に張り付いている蝉を怖がった際、


「コイツらは、いとを怖がらすために鳴いているわけではない。目の前にある、死を感じ取り嘆いている」


と、蓮司は幼い緒を抱き上げて大人びた顔で諭した。

幼い頃の緒は、自分が呪術剣士の家に生まれたことを不満に思っていた。平民の家に憧れていた。


人形で遊びたいのに、いつも冷たい剣を握らされる。

大人達は、緒に期待してはいないのが、決して向けられぬ視線で分かった。焔家は居心地のよい居場所ではない。


「あやし」達は見かけは狐や狸のようで、この世に生をうけた同じ生き物だ。道端に実る花も木に実る果実も、人間だけのものではない。


土を耕し、畑を作るのも、人間だけの特権ではない。

空腹で人里に迷い込んで悪さをしたとしても、叱るのは可哀想だと思った。


それを蓮司に言うと、優しく温かな眼差しをくれて、緒の頭を褒めるように撫でてくれた。


「難しいことを考えなくていい。俺がいとを守る、お前はその優しさを忘れないでくれ」


緒は蓮司に撫でられるのが、とても嬉しかった。姉に頭を撫でられるよりも、特別な気持ちになった。


「……今日はお婆様が、屋敷を留守にするから心配」


祖母はとても強い女性であった。


「この屋敷にあやしは近づかない。奴らはそんな命知らずではない」


「……」


「今日は俺が、離れに泊まる。だから、安心しろ」


ただ緒は蓮司にぎゅ、と抱きついた。それを無言で蓮司は抱き締め返す。安堵して寝床に入って眠った。


月が黒い雲に隠され、地上に月光が届かないその日の夜、緒は胸を騒がす、異変に気がついた。屋敷に何者かが侵入したような、感覚。布団の上でぱちりと目を覚ました。


部屋のすみに立てかけていた、出生とともに授けられた剣へと震える手を伸ばし、掴んだ。しかし、手に全く馴染んでいない。


するはずもない白蓮の香りがした。焔家は寺に由来する家系で、白蓮は馴染みある香りだが、何故か不安を掻き立てられる。それが濃くなる方へと剣を抱えて、緒は息を切らしながらも懸命に走った。


すると、胡蝶がひらり、と助けを求めるように飛んできた。どうしたらいいか、分からないという迷いがある飛び方だ。普段、胡蝶は姉から離れない、それなのに、胡蝶がここにいるのが、不思議だ。怪訝な眼差しで緒は見る。


その方角には姉・知慧の部屋がある。臨月が近付いて、あまり身体の具合が芳しくなく、布団に伏せっているため、最近は顔が見られていない。姉の安否が心配で堪らない。


「お姉ちゃん!」


緒は襖を勢いよく開けて、知慧の無事を確認しようとした。だが、そこには恐ろしくも美しい青年が立っていた。頭に二本の漆黒に鈍く光る角がある、鬼だった。


「……あやしを狩る人間が、いると聞いた。だが、そんな力など無力……呪いを愛をひとしく、与えよう」


悪さをする程度のあやしではない。これは、鬼だと緒は直感する。剣を構えるが、それよりも早く知慧に異変が生じた。強い呪いの悪臭が漂う。


「い、や!!」


知慧は抵抗するように首を横に振り、術で動きを封じられていたが、己の剣へと震えた手を伸ばす。

しかし、赤子を宿した腹が禍々しく光る。力を失くし、腕がぱたりと畳の上に落ちる。


「……やめろ!」


そう、叫びたかったが緒の声は出なかった。


緒は剣を構えるが、剣先は情けないほど震えている。剣よりも人形の方が手に馴染んでいる。修行に身を入れていなかった、自分を恥じた。剣を持つ覚悟や、誰を守りたいかも頭になかった。


目の前で呪いをかけられ苦しむ知慧も、腹で苦しむ赤子も助けられる自信がない。いとを守る、と迷いなく言い切った蓮司に会いたい。


「……お前は私を殺せない」


緒の心を見透かして、白蓮の鬼は薄く笑った。

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