フェイズ3:日常消失点

「ただいまです!」


 いつものように、意気揚々と玄関扉を開けた。

 部屋がなかった。


「…………え?」


 文字通りである。

 何も、ない。

 ひゅうと頬を撫でる湿った風は、紛れもない外気。扉の先には、本来あるはずの壁も家具も、床板さえなくなり、吹きっ晒しの屋上のようになっている。

 空は、夕焼け。

 エレベーターで昇ってくるまでの短時間で、雨は綺麗さっぱり止んでいたらしい。


「……あめ。やんだんですねー」


 あまりのことに、ネズミの口は勝手に見た通りの事実を呟いていた。思考は完全にフリーズ。

 かろうじて絞り出した処理能力で実行できることは、たった1つ。


「マスタァァァァァ~!」


 悲痛な泣き声から、一拍。


「おう」


 声がした方を見ると、ボロボロに壊れた浴槽の残骸。その中に、外出着のまま、まるで湯に浸かるかのように座る、“マスターグレイヴ”墓守清正はかもり・きよまさ

 手に掲げた傘は、先程までの雨を凌ぐためだろうか。


「……笑うンじゃねぇぞ、ネズ公」


 苦虫を百匹ほども噛み潰したかのような、不機嫌。

 しかし、そんな表情はネズミの目には映らない。


「ま……」

「あ?」

「マスターッ!!!!!」

「うおっ!?」


 墓守の視界いっぱいに、涙目で飛びついてくる濡れネズミの姿が広がった。

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